第55期 #24

アンイージイ

 窓の外は雪が降っていた。というか猛吹雪だった。
 そこから見えるバス停には、いつまで経っても来るはずのバスが現れない。自宅に電話を掛けても誰も出ない。この吹雪の中、十キロ歩いて帰ることも無茶に思えた。
「送ってやってもいいぜ」
ションタが後ろでそう言った。振り返ると、ションタはニヤニヤ笑っている。今思えば、僕はその顔から何か感付けば良かったのだ。だがそのとき僕の頭にあったのは「有難い」ということだけで、素直にその好意に甘えたのだった。
 外に出て車庫に入り、赤いワゴンの横で待っていると、暫くしてションタのお父さんが現れた。あとは誰も来なかった。
 マジかよ、内心そう思いながら車の助手席に乗り込むと、お父さんがエンジンをかけた。改めてマジかよと思った。
 初めて見るションタのお父さんは、現役のスポーツマンといった感じで若々しく、サングラスなんか掛けたら凄く似合いそうだった。
 しかし車が動き出してから、お父さんと僕は一言も喋っていない。正直この雰囲気は辛すぎた。しかもこんな時に限ってカーラジオから「クリスマス特集」なんて番組が流れてくるのだから、もうどうしようもない。
(聖夜に届けるリクエスト! さァて一曲目はナニかな?)
男性DJの、調子の良い声が聞こえてくる。僕は冷汗が出てくるのを感じた。

(いやあ、今年のクリスマスは俺もゆっくりできる! かっこヤケクソ、と)
「明日から冬休みだったね」
急にお父さんが口を開いた。
「あ、はい」
(そういえばミユキちゃん、去年のイヴはどうだったの?)
「そういえば、章太から聞いたかい?」
「え? ……なにが、ですか?」
「なんだ、あいつ言ってないのか」
「はい……たぶん」
僕が小さくそう言うと、お父さんは困ったような顔をして、顎の辺りをさすった。
「……実はね、今度――」
「あ、ここです」
思わず言葉が重なる。だが家を過ぎ去ろうとした以上、僕はそう言うしかなかった。そう言うしかなかったのだが、やはり余計に気まずい雰囲気が漂う。
「あ……ここか」
「はい、どうも有難うございました」
「ああ気にしないで」
車を降りると、途端に雪が激しく僕の頬を打った。
 僕がもう一度礼をすると、お父さんは軽く会釈をして車を発進させた。お父さん一人だけ乗った、赤いワゴン。それを眺める僕を、雪は絶え間なく打ち続けている。冷たくて痛い。
 車体ごしに聞こえてくるラジオが、車と共にゆっくり遠のき、やがて消えた。



Copyright © 2007 壱倉柊 / 編集: 短編