第55期 #21
目を覚ますと炬燵の中だった。テレビがついていて、女二人の楽しげな声が聞こえる。雀が鳴き交わしている。首を持ち上げると突っ張って痛かった。首の角度を気にしながらユニットバスへ行く。顔を洗い、便座に腰掛けて歯をみがく。小便も出す。
インスタントコーヒーを淹れ、炬燵に帰って来た。テレビのチャンネルをNHKから順番に回してゆき、再びNHKに戻って来ると、ビデオを再生させる。半世紀前の映画が流れ始め、主人公が肩に担いでいたラジオが人に当たって路上に投げ出され、タイミングよくやって来た自動車に踏まれて粉々になって散った。ビデオを止め、テレビを消す。と、自動車のエンジンがかかり走り出す音を聞いた。
カーテンを開ける。淡い光。窓を開き、冷たい外気が浸入し、青みがかった近所が視界に入る。電線が不細工に垂れ下がり、太陽は目の前の肉屋の二階に遮られてまだ見当たらない。コーヒーを飲み終える間に、テニスラケットを提げた女の子が二人、バックミラーを取り付けた自転車に乗ったおじいさんが一人、下の路地を通って行った。コーヒーのおかわりを淹れ、窓を閉める。
明かりを点け、文庫本を栞を挿んだところから開き、読み始める。火星にいる男がヘリコプターに乗り、途中遭難者がいるというので行って着陸し、彼らに水を与える。男は遭難者の一人からお守りをもらった。栞を挿み直し、文庫本を置く。
炬燵に入って仰向けに寝そべる。明かりが眩しくて、一度炬燵から出て消し、また同じ体勢に戻る。陽光の浸入する量が増えて来ている。炬燵から出て、窓を開ける。炬燵の中へ戻る。
窓枠に雀が舞い降りた。続いてもう一羽、二羽。反響する雀の囀りと、篭もっている炬燵の唸り。冷たい外気と、汗ばむ体。リモコンを取ろうとすると、雀が去って行った。
リモコンを置き、天井を見つめる。炬燵を消し、バイクの走ってゆく音を聴き、深く息を吸う。ゆっくりと吐いてゆく。
立ち上がり、トースト二枚と、目玉焼き二つをつくる。皿を炬燵のテーブルに並べ、牛乳をコーヒーカップに注ぐ。テレビをつけ、炬燵をつけ、中に入る。目玉焼きをトーストにのせ、かぶりついた。予報が快晴だと告げる。
食器を片づけて、着替えを済ませた。鞄に文庫本と眼鏡を入れ、地図が入っているのを確かめる。窓を閉め、テレビを消し、炬燵を消し、外へ出る。鍵をかけ、階段を降り、バス停へ向かう。擦れ違った大家に挨拶をする。