第55期 #19

スキッペンラン

彼女は走っている。何処かに向かって走っている。同じスピードで。息を切らせて。おれが最後に走ったのはいつだったか。それよりもおれは走れるのだろうか。彼女みたく。彼女はまだ走っている。スピードは変わらない。川沿いの橋の下を潜り、その先へ走る。走ること自体が目的なのかそうでないのか。彼女にしてみれば走ることはつまり息をすることでそれはおれにとっては理解しがたい話ではあるのだけれども彼女の走り方をみているとおれも走ってみたい、そう思うことがある。思うことがある、というよりはいままさにおれは走りたい。思う存分走りたいと思っている。息を切らし、その息切れの中の証を掴みたいと思っている。ここで座っている場所から見える景色とそこを走っている場所から見える景色には圧倒的な差があるはずだ。その景色の中走る。走ると景色は変わる。変わる景色、変わる身体、変わる時間。走っているときの時間はゆっくり進むはずで、早く走れば走るほどさらに時間はゆっくり進むはずで、おれはそのスピードで時間の中走る。夕暮れを走る。走ることは希望につながる。希望とはつまりまだ来ていない時間。その先。未来。おれは未来に向け走る。走っていればいつか未来になるだろうか。ふと彼女を見る。彼女はもういない。走り去ってしまった。追わなくちゃ。彼女を追わなくちゃ。おれは脚を交互にできるだけ速く動かす。できるだけ速く息をして、できるだけ高く飛び、前に進む。進む。スピードを上げる。さらに上げる。おれの心臓が悲鳴をあげる。脳が白くなり、目が熱くなる。汗は出ない。眉間の先がぼうっとする。でもおれは脚を動かすのをやめない。彼女においつくまではやめない。やめてしまったらそこでなにかが確実に終わるからだ。その終わったなにかはおれにはもうとりもどすことはできないからだ。幼いころ、スキップをするのが上手だった。スキップでだけは誰にも負けなかった。スキップ王。スキップの王。おれは自然と脚の動きを変えていた。走りからスキップへ。スピードは変わらない。心臓が踊る。景色もクリアに変わる。この調子だ。おれは彼女が走るスピードと同じスピードでスキップしている。疲れは無い。このまま彼女を追い続けられる。でも彼女に追いつくことは無い。



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