第55期 #14
ものを盗るのが好きだった。
何のことはない。自然なことだ。人殺しが好きだとか暴力が好きだとかよりはずっとまし。
建設的だし経済的。唯一の欠点は私のそもそもの人生の上に、ほんの少しばかり余計な危険を付け加えないといけないという、それだけ。
「それだけのこと」
言いながら私は今日もものを盗る。
スキンローション。高い品。友人たちが化粧に凝るようになってきて、元々肌質の良くない私が付いていこうとすれば、どこかで経済的なアドバンテージを獲得しないといけない。
だから盗る。それだけ。
「それだけのこと」
家に帰ると蛍二が待っていた。
「ミキ」
「なぁに?」
「俺は前から思っていた。ものを盗るのはいけないよ」
「そうね。はい、あなたが欲しがってたジャケット」
「ありがとう。でもものを盗るのはいけないと思う」
蛍二の善意はポーズだ。私の盗品を享受しつつ自分の正義感を満たせるようなラインを提供してやれば彼は黙る。私も彼を見透かしていることで余裕を得ることができる。余裕。余裕は大事だ。余裕はあらゆる行動において成否を分かつ要因のひとつ。盗みとか。やましいこと全般は特に。
「もうすぐ、雪解けが来るね」
「話を逸らしちゃいけないよ」
窓の外、向かいのお屋敷を見やる。
季節はめまぐるしく変わる。
昨日の棚と今日の棚は違う。朝方の雨を黄昏はおぼえていないだろう。昨日にこちらの花と思えば、明日はあちらの花。世界はうつろえる、気まぐれの庭。
けれどそんな気まぐれの庭に、今日はとりあえず水仙の花咲いた。
「明日はあれを盗るわ」
向かいの花壇を眺めつつ、私はそう呟いた。
「それがいけないんだ。ミキ、君は中学を卒業しても同じ事をやるのか」
「卒業式ね。そうね、もうすぐね」
「ああ、どうするつもりだい」
「式の日には学校を休んで、ここで卒業式をやるわ」
私は自分の部屋を見回す。
家電の群れ。ミニボトルの香水コレクション。流行の過ぎた洋服。埃を被った文芸書と聴けもしないレコード。
すべて盗んだもの。私がこの世界となんの契約もなしに、盗み取ったもの。
式の日にはフラワーシャワーを降らせる。バスキューブを溶かしたお湯で床を水浸しにして、盗み取ったたくさんの硝子をかたっぱしから割ってやる。
そうして、蛍二の腕の中で私は笑う。きっと笑えるだろう。蛍二はきっといつまでも、私の共犯者であることをやめない。
いつまでも。
いつまでも。