第54期 #9
「アロー、アローもう一度」
何度か試してみて、やめにした。
今度は日本語で。
彼は微笑んで、そうだね、と言った。
深夜2時。京都。
夜明けには遠く、かと言って彼の国より近いだろう
留学生別科で
日本人の「僕」と欧州からの留学生の「彼」は
ずっと飲んでいる。
9時か10時からスタートした飲み会も、ある者はそこで
寝てしまい、ある者はどこかへ消えてしまった。
「ところで―――」
僕は言う。
「どうして、日本に来たんだい?」
もしかしたら―――いや、まず間違いなく、もう聞いているに
違いない。
しかし、彼の答えは意外なものだった。
「偶然だよ。僕は、世界の広さを考えるときに、よく地図を見た。もちろん小学生の時だったんだけど。その時の端っこにあるのが、君の国、つまりココだったってわけさ。で、世界―――そう思ったときにここしか思いつかなかったんだ。」
流暢な英語で話した。
酒を飲んでるので、彼の言ったことは、単語と単語でつなげて、
おぼろげながら、分かった。
「それで―――で、分かったのかい。その世界ってやつは?」
もうすぐ国に帰るフェローに僕は少し意地悪に聞いてみた。
「世界と言うやつは、たぶん―――たぶんだが、言葉にして
出す時には、すでに実物大の広がりにしかなっていないんだと、思う。つまり、僕のもつ世界とは、結局、僕だけのものさ」
僕は、その言葉を胸にしまいこんで、未だ使ってはいない。そうすべきだと思うことは、きっとそうすべきだと思うから。