第54期 #8
「なんでも進歩すると思ってやがる連中ならがっかりするだろうよ」リュシアンじいさんは笑いながら煮込んだ豚肉を口に押し込んで咀嚼し飲み込んでから、ワインを一口すすり話を続けた。「なんでもあきらめてちゃあ進歩しないと思ってやがる連中に聞かせてやりなよ。そうさな、おまえさんがどんなに連中から憎まれていようと、連中にはやさしくしなきゃあいけないと思っているかを教えてやるんだ。連中は腹をかかえて笑いやがるだろうよ。そんなことが進歩につながるのかってね。連中の頭の中には常に進歩することしかないのさ。おまえさんがどんなに考えようと連中には関係ない」ここでリュシアンじいさんは茹でたジャガイモに手を出した。フォークは虚しく銀色に光り、僕の食欲を萎えさせた。僕は目の前の料理を冷めた目で繰り返し順番に眺めながら、黙ってリュシアンじいさんの話を聞いていた。「連中はそこにじっととどまっていることをなにか卑しいことだとでも思ってやがるのさ。例えばおまえさんが足音をたてる。すると連中はそれ見たことかとよってたかっておまえさんを憎み始めるだろうよ。なぜなら、それが連中の進歩だからだ」リュシアンじいさんは今度は茹でたニンジンを突き刺し、煮込みの煮汁につけてから口に持っていった。それを飲み込んでから、またワインをやる。「じゃあ、どうすればおまえさんは連中の憎しみを感知せずに済むか? ・・・これだよ」リュシアンじいさんはふいにポケットから小さな紺色の塊を取り出して僕の目の前に差し出した。僕は冷や汗の出る思いで声を出そうとした。「・・・な、んで、すか。こ、れは?」僕はリュシアンじいさんが答える前に、連中に悟られはしないかと心配しながら慎重に手を前に突き出し、それをつかんだ。その瞬間だった。僕の頭の中に強いエネルギーを持ったシークエンスが激しくうねりながら入ってきた。それは劣等感や罪悪感によく似た、とてもいやな気分に僕を陥れた。僕はその物体を手から落としてしまったが、テーブルの上に落ちる音がする前にすうっと消えてなくなった。僕はもう少しで泣き出すところだった。リュシアンじいさんは口をもぐもぐするのを止めて言った。「それが本当の進歩だ。連中はただの雑魚だ、いいか、おまえさんはもうすぐ別の人間になる。そのときこの世界は完全に壊れているだろう。気付いたときには遅いのさ。だが、おまえさんはもうわかってるだろう?」