第54期 #3

you may

 今度は鳥になるってきみが言うので、僕は重い腰をあげなくちゃならなかった(いつでもそうだ、まず僕が重い腰をあげるのだ)。きみは両手を水平に保ち左右に傾きながら爪先立ちで窓の外を見ている。そういえば前もその前も、鳥になるって言ってたんじゃなかったっけ。そう思ううちにはもう羽が生えている。背中から襟足に伸びた三角の草原に風が吹き、そこを拠点にしてうららかな白い羽毛がはじめは綿毛のように密集してそのあと何本もの小枝が皮膚を突き破りあらゆる時間を刺していく。息よりも早く長くなり、しなやかに曲線をまとった。ピアノもパイプオルガンもいらない。できれば紅茶を一杯、ロイヤルコペンハーゲンのティーカップでもらいたいと思った。

「鳥、なの」
「そう」
「鳥にもいろいろあるだろ」
「いろいろあるから鳥なのよ」
 軽く、くちばしを羽に突っ込み、小刻みに振るわせる。落ちてくる数本の綿毛。
「鳥になってどうするの」
「どうしたいのって聞くべきね」
 ああ、僕はどうしてこうなんだ。鳥になったきみに勝てるわけないのに。前にもその前にもこんなふうに、きみを鳥にしてしまっただけで。
「どうせ行ってしまうんだろう」
 弱気だ。世界中の戦士がついていたって。
「あたり前でしょ。でもね」
 でもね、と言ってしまうときみはいない。飛んで行くところを見たことがないのに、きみは部屋のどこにもいない。
鳥になる鳥になる鳥になる、と何度唱えてみても、でもね、のあとのきみの言葉にはたどり着けなかった。

 部屋には散らばった綿毛が運河のように広がって、夜はそこに埋もれて眠る。時々きみの夢を見ては、水を掻き分けるように羽毛を散らす。泳いでいる。だけど飛ぶことはできない。僕は腰をあげるくらいが精一杯なんだ。



Copyright © 2007 真央りりこ / 編集: 短編