第54期 #2
「何を盗ったんですか?」
「そういう問題じゃないんですよ。これは習性というか本人の心の問題なんです。お母さん、ちゃんとお金も持っていますしね。」僕は謝罪する。
「全く、家庭に問題があるんじゃないんですか?万引きはねえ、大体が私に構って欲しい症候群なんですよ。お母さんももう年なんだからこんなつまらないことさせないように大事にしてあげなくちゃ。」調書を取った後母は解放された。
二人で土手を歩く。自転車の車輪はどこかが引っかかっているようで一回転する度にコツン、コツンと音が鳴った。
何を盗ったのか問うと母は恥ずかしそうに白髪染めと答えた。母の襟足を見ると幾分白いものが目に付いた。夕日の名残が時折それを紅く染めていた。
「うん、ごめん。それでなあ。」
「分かっちゅうって。親父には言わんき心配しなや。」
母は落胆しているようだった。足元も覚束ない。かつて彼女はとても美しい女性だった。
「白髪染めくらい、僕が買うちゃうき。」
「ほいたらはよう就職せなあね。」母がそう言った後で僕らは二人でくすくす笑った。何だか母はもう大丈夫な気がした。
故郷に戻って半年が過ぎていた。未だ職は見つからず失業手当も底を尽きかけていた。家で父と話をすることは皆無に等しい。元警察官であった父はソファで寝転ぶ僕を見て恐ろしく深い溜息をつく。僕は何故か無性に煙草を吸いたい衝動にかられる。
「そうそう、ところで田辺君って覚えてる?二年の時隣のクラスだった。」彼を殴った記憶が蘇る。
「この前新聞に載ってたわよ。どうしてだと思う?」
僕は初美と飲んでいた。かつての恋人で現在彼女は二児の母親だ。
「放火だって。中学校に夜中忍び込んで火をつけたって。」
僕はふうんとまるで無関心を装う。実を言うと僕は故郷に帰ってくるまで初美のことすらすっかり忘れていた。凡人には容量が限られている。昔話を捨てずに取っておける程の余裕は都会にいた頃の僕からは欠落していた。
「誰もがみんな心のどこかで小さな事件を起こしたがっているのよ。」
僕の隣で初美がそう言う。僕は彼女の髪を撫でる。
「貴方のお母さんだってそうだったのかもしれないし、田辺君だって同じかもしれない、空っぽの部屋に置き去りにされたみたいに。」初美の髪の毛に一本白いのが見えた。
「それで君も事件を起こしている訳だ。」
「あなたも加担してくれてるじゃない?」
僕は初美を抱き寄せるとすぐさま白髪を引き抜いた。