第54期 #25

 憂鬱になると無性に女が抱きたくなる。
 抱くのは男のほうで、抱かれるのは女のほうだということになっているけれど、相手を深く受け入れているのは女のほうで、どんなに懸命に腰を振り、汗を飛び散らせたところで、男はいつも女に抱かれているのだと、風呂にはいりながらそう思った。
 まるで子どもみたいにブクブクと湯船に頭を沈めると、股の間にさきほどまであれほど怒張していたチンポコが、どこか恥ずかしげにちんまりと縮こまっているのが見えた。今の自分もちょうどあんな具合で、このままトロトロと湯に溶けてしまって、原形質にまで還りたいと思うも、溶け出す前に息が続かなくなって、顔をあげる。
 溶けることが出来ないならば、せめてこのままずっと湯に浸かっていたいのだが、すでに少しのぼせ気味で、それだから湯に溶けてしまいたいだなんて、馬鹿なことを思うのだ。
 けれどもそんなことを思うのは今だけのことではなくて、奥底まで届けと、抜き差ししながら、出来ることなら自分自身もまた、少しづつ相手のなかへと入り込んでしまって、果てるころにはすっかり包み込まれていたいと、そんなことを考えていて、それが適わぬことだとわかっているから、乱暴なほどに腰を使って、卑猥な言葉を耳元で囁きもする。
 薄いゴム越しに絡みつく肉壁の温かみが伝わってくるのだが、それは相手のものであって、自分のものではない。一人でいるより、誰かと一緒にいるほうが、はるかに自分がひとりきりなのだと、思うことがあるなんて知らなかった。今こうして肉体を繋いで快楽をともにしていても、その快楽の高まりかたはそれぞれ別々で、一緒にイクことすら難しい。いくら相手の体液を吸い、自分の体液を相手に吸わせても、それによって互いの体液で満たされるなんてことはなくて、本当に一緒になれることなんてないんだ。
 でも、と再びブクブクと湯船に沈みながら思う。
 自分ではない誰かが、こんなにも深くまで、自分を受け入れてくれているのも確かで、快楽で火照る身体とは別に、泣き出したいような安堵の気持が、相手の体温から伝わってきて、彼女の身体の裡に抱かれながら、白い涙を流す。
 それが卑猥な比喩ではなしに、本当に涙なのだとしても、「知ってるか? さっき俺、泣いとったんや」なんてことはいう必要がなくて、勿論いいはしなかったから、「知ってるよ」なんて返事があったとしても、それは多分空耳だったんだろう。



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