第54期 #24
先生、わたしは、書く努力を、しなさ過ぎた。
子供達は右手が三本あったり、左目が六つあったりする。リノリウムの床はべとべととしていて、訳の解らない水分に緑色がぎらぎらしていたりする。それを器用に踏み分けて子供達は影ふみ遊びをしている。
先生は手が七本ある女の子を手術台に載せた。
女の子は、手がたくさん生えてきてしまうのだ。
先生は、その腕を、細く、肉の無く筋も無く骨も溶けていて、既に手なのかなんなのか、そのようなものをメスで慎重に選り分けながら切断していく。先生の娘には手が沢山生えてきてしまうのだ。
先生は手を全て切り落とし、女の子に包帯を巻いて、ソファに横たわる。
「先生」
「ああ」
「先生、わたしは、書く努力を、しなさ過ぎた」
「ああ」
「先生、わたしは、書く努力を、しなさ過ぎた」
先生は汗をぬぐいもせず、遠くを見ている。
「確かに、人の歴史は戦いの歴史だ。我々は、そう生きている。だが、だがそれがどうした。どうしたというのだ」
ネオンサインの下で男はわたしに向かって語る。
「我々はそう生きている。それが我々の本質の一部だ。それが我々だ。そして、我々は、我々の、一部だ。
だから、だからスピーカーを作ってくれ。
金ならある」
煌くネオンサイン。超巨大スピーカーの群れ。ぴかぴかと輝く超技術スピーカー。
「先生」
「なんだ」
「先生、わたしは、書く努力を、しなさ過ぎた」
「ああ」
「先生、わたしは、書く努力を、しなさ過ぎた」
「ああ。そうだな」
煌くネオンサインの下。超巨大スピーカーの群れ。ぴかぴかと輝く、超技術スピーカー。
「くそ、ここはどこだ。ただの花園か。
くそ。
おおい、誰かいないか。
くそ。
我々のタイムマシンでは、ここまでか。
くそ。
私は未来人だ。未来から来た。
君らは滅ぶ。もってあと少しだ。しかし気にするな。ピテカントロプスもアウストラピテクス滅んだ。どうぶつもしょくぶつも、もりも、うみも、滅んだ。滅び続ける。私達も、滅びかけている。
滅ぶ。
滅ぶんだ。
とにかくだから、気にするな。
私はただ君達を見たかった。ただ見たかっただけだ。だから気にするな。
滅ぶ。
気にするな。
ああ誰かいないのか。
花か。
これが花か。
くそ。
誰かいないのか」
子供達は沢山ある手を器用に使い、スピーカーを作り続けている。
「先生、わたしは、書く努力を、しなさ過ぎた」
花園にどこまでも連なっていくスピーカー。
音楽はまだ無い。
音楽はまだ無い。