第53期 #9

Moon Brige

真夜中に虹の見える場所があるという。
きっと今もその虹の異様な神秘さにを前に、歓喜している人と恐怖に怯えている人とがいるのだろう。

古風な我が家は正月の行事を欠かさない。
書初めに餅つき、そして夜には賭博屋と化す。

まだ私が幼かった頃の掛け金は銀貨で、お金をかけるごとに「チャリン」という音が鳴り響いていた。
しかし最近、夏目漱石が姿を消す巷とは裏腹に、我が家ではその顔が猛威を振るい始めた。
そしてその姿は年々、双子三つ子となっているのである。

勝ち負けにこだわり、感情を顔に出す私の横で、母はいつも笑っていた。
勝っている時はもちろん、負けている時も笑っていた。
「負けたからってプンプンしてたら来るはずの福も来なくなってしまうのよ」
と言って。

幼い頃の私は、それが嫌で嫌で仕方なかった。
だって、負けたら悔しいじゃないか!負けて笑っているなんて、お母さんは物事を本気でやったことがないんだ!

何を言う…、あの頃の私には突っ込みどころが満載だ。
年齢を重ねるごとに、それこそ様々な経験を重ねるごとに、いつしか私は心底笑うことができなくなっていた。
母は、本当の苦しみを知っているから笑っていたのだろう…。ふと悟ったとき、母を偉大だと思った。同時に自分がちっぽけに思えた。そして私は、母のようになりたいと思ったのだった。

それからの私は、どんなにつらい時も一度微笑んでみる。愚痴ったって始まらない。まずは自分にできることをやってみたらいい。必ずそこから学ぶものがあるのだから。そして、光はやがて私を照らす。
ふくれっ面になる人の横で、私は微笑んで見せるのだ。

故郷を離れ、突然広がる目の前の世界に目を輝かせると共に、私は自分を見失った。そんな中私を助け出し、導き続けているのはまぎれもなくあの頃の母だ。その教えの真理を知る私は今、日の当たる場所を歩く。

真夜中の虹を見て、その神秘さに歓喜する人と恐怖に怯える人がいる。
同じ現象を前にした二人が、相反する思いを抱くことは稀ではない。
知っている者はそれによって力を得、知らない者は奪われる。

母の教えは日常のあらゆる場面に身を潜めている。
これはそんなたわいもない、しかし忘れてはならない戒めの一つである。



Copyright © 2007 前川千弘 / 編集: 短編