第53期 #32

バリエ

 アンドレのコンクリート帽子踏みにじられ。雑踏にばら撒かれるかけら。
 柔らかな果実。1946年。
 俺は。俺だけは。
 道には煙草が百本捨てられて乱雑に散らばっている。
 鳥かごには猫が百匹詰め込まれていた。
 1749年。
 引きずるように持ち上げて歩き出す。
 家に帰るのだ。
 赤く鈍く光る、虹のような橋で若い娼婦がリンゴを食べていた。夜空には女の立体映像の巨大な姿。スクリーン。どこでどう間違ったのか、女のけばけばしい服装は白い清潔な布一枚に変換されていて。女は客と共に暗闇に消える。立体映像と共に私達は残される。
 歩けども歩けども道が解らない。猫がどんどん逃げていく。鳥かごが空き地に山のように積みあがっていた。メモを取り出して書く。何を。色々なことを。
 お前馬鹿だろう。目の前にはスーツを着た黒人の紳士が立っていた。
 お前馬鹿だろう。黒く光るなめし皮のステッキで、コンクリートモニターをがんがん殴り始めた。お前馬鹿なんだろう。
 アメリカンインディアンにはB型が殆どいないらしい。アフリカからアメリカに行く途中にB型の人間がいなくなってしまったのだ。B型の人間がいなければB型の人間は産まれない。
 紳士は血だらけだった。お前馬鹿だろう。お前馬鹿だろう。コンクリートがばらばらと散っている。立体映像の女が、リンゴをもりもり食べながら、赤い口紅をだらだらと溶かしながらこちらを見ている。
 血液型といったって、遺伝O型もあるしRh型もあるし、分類しきれてない血球とその抗血球因子は膨大にあるから(大きな病院だってせいぜい10程度の分類しかしない)、血液型のバリエーションは、一説では1京を軽く超える。それは今までの全人類が違う血液型だったと言える数字らしい。
 どこにあんなにリンゴがあるのだろう。立体映像を見ながらぼんやりと思う。女は何時の間にか白いバレリーナになっている。箱舟の踊り。リンゴがぼたぼたと落ちていく。
 お前馬鹿だろう。猫はもう全てテレビモニターの中に逃げてしまっていた。デジタルテレビ番組。194年。2109年。20493年。
 歩き続ける。真っ白な鳥かごをがらがらと引きずりながら。真っ白なコンクリートハイウェイを。コンクリートのかけらを一つ齧る。立ち並ぶ巨大なスピーカー。ビルはもうここらでは殆ど無くなってしまっていた。流れているのはしょうこりもなくクラシック。たった500年前のクラシック。



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