第53期 #27

原付と雨

 雨は降っていなかったのに、大学からの坂を下りきったところで大雨が降ってきた。太陽のまぶしい8月の夕方。いわゆる夕立というやつだ。
俺は原付のカブに乗っている。右手のスロットルを全開にする。顔に当たる雨は、顔を自然に下に向かせ、心の奥にまで突き刺さってくる。大声をあげれば、急な雨など関係なくなるが、未だ大学も近いこともあって、人が多い。咆哮をあげるとアホだと思われてしまう。

 目の前に信号が迫ってくる。青だ。スロットルは依然全開のまま。坂を下り切って、60キロ以上でている。雨が痛い。心を貫通していく。顔に当たった雨が俺を貫通して、アスファルトを濡らしていく。俺を通り抜けていく雨。俺は雨と一体となる。痛覚が麻痺してくる。いまなら大声をあげることができそうだ。俺は俺であって俺ではない。俺の咆哮は人々の耳を貫通していくのだろう。

 「うおぉー、うおぉー」下を向け続けられていた顔が天を向く。雨の一粒一粒が見える。空からシャワーが絶えず落ちてくるようだ。俺のすべてを洗い流してくれる。俺はどこに向かっているのだろう。家なのか、大学なのか、コンビニなのか。

 目の前に信号が迫ってきていた。前方を走っている原付はまだ俺のレベルまで達していない。心に雨が刺さっている状態だ。やや俯き加減。
 歩行者信号の色が変わった。前方の信号も青から黄色へと変わった。俺は以前スロットルは全開だ。スピードは落とさない。前方の原付は、その信号に反応した。テールランプが赤く光る。避け切れなかった。
 ハンドブレーキとフットブレーキを目一杯かける。原付が迫ってくる。ハンドルを横に倒した。ぶつかるのだけはごめんだ。ギュルルルルー。背負っていたカバンを中心にくるくると俺は回った。ブレイクダンスをしているかのようだった。空の青が目の前に広がる。
 前の原付は、何事もなかったかのように、赤信号の中を進んでいった。夕立は止み、青い空がまぶしかった。
 「あぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜」俺は叫んだ。



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