第53期 #20

擬装☆少女 千字一時物語8

 他の友達が帰ろうとしたとき、彼女だけを呼び止めた。
「どうした…、の?」
 そう言う彼女の声は、わたしが手にしたハサミを見て、強張った。
「大事な、話なの」
 手が震えて、声にもそれが伝わっている。わたしは空いた手でハサミを持った手の甲を押さえた。一呼吸置いて手の震えを静めてから、ハサミを後頭部へ上げた。彼女はそのハサミが何をするのか、怯えるような目で見ていた。
「好きだよ」
 ジャキン。
 ひっ、と息を飲む彼女の前で、肩より長かったわたしの髪がはらりと落ちた。
 わたしは続けて髪にハサミを入れた。彼女は放心したようにハサミの動きを見ていた。動かない目はわたしを写して、まるで鏡のようだ。
「どうして…」
 わたしがハサミを下ろしたのを見て、ぽつりと彼女は言った。
「好きだから」
 首筋を風が通って、わたしは思わず声を震わせた。窓を見ると、見慣れないわたしが写っている。さっきまではジーンズ系ボーイッシュスタイルだったのだが、今はれっきとした男の子である。わたしは少し開けてあった窓を閉めた。
 彼女は屈みこんで切り落とされたわたしの髪を掬い、その姿勢のまま顔だけを上げてわたしの目を覗き込んだ。その目にはまだ何の表情も写されておらず、鏡のようにわたしを写しているだけである。
「あなたが好き。友達じゃなくて、恋人になってください。僕の」
 彼女の目に映った僕が揺れた。
「私のために…」
 その僕が揺れて、もうそれは僕の像を失って、やがて涙が一筋、零れた。
「泣かないで」
 僕の目を覗き込む彼女から顔をそむけないでそう言うのがやっとだった。
「だって…」
 彼女もその姿勢のまま、涙も拭かずに僕を見つめ続けている。それを見ているうちに、僕は鼻の奥がツンとするのを感じた。泣いてはダメだ。しかし彼女から目をそむけてもいけない。僕はできるだけ我慢をしようとした。しかし、彼女が何かを言おうとして口を開き、何も言えずに閉じた瞬間、僕は崩れ落ちるように座り込んだ。
「ごめんね、泣かせたりして」
「ううん、泣かせたのは私なの」
 僕たちは声を抑えて泣いた。それが切った髪に対する惜別だった。
 泣き声がやんだ僕を見た彼女が、急に笑い出した。驚いて顔を上げた僕に彼女は、髪が変になっている、と言った。
「私が切り揃えてあげる」
「お願い」
 僕は彼女にハサミを渡して、彼女に背を向けて座り直した。
 切られた髪の毛は、きれいさっぱり掃除機に吸い込まれた。



Copyright © 2007 黒田皐月 / 編集: 短編