第53期 #19
クリスマス。路地裏で子供たちが雪だるまを作った。顔も手も足もない雪のかたまり。背丈は大きく子供一人隠れられるくらいだ。
寒い日が続き、雪だるまは溶けずに路地裏に残っている。子供たちは冷たい風を嫌って出てこない。雪だるまの上にまた雪がちらつき始めた。
夜、男が雪だるまの前に現れた。
「雪だるまかぁ。おれにはな、東京の私大に行っている娘が1人いてな、年末になって今日、久々に帰ってきたんだよ。だけどもう分厚い化粧にジャラジャラいわせて帰ってきたんだ。たくさん授業料を払って東京の大学に通わせているのに、おれはもうあんなになった娘を見てられないんだよ。あいつを見るくらいならこんな目、お前にくれてやる」
男は雪だるまの顔に目を二つ渡して寂しく去っていった。
次の夜、赤い顔のサラリーマンが千鳥足で歩いてきた。
「なんだ雪だるまか。おい部長といったら、おれをヌケだのノロマだの言いやがる。世間は年が明けるというのに。もうおれはあんな奴の声を聞くのは嫌だ。雪だるま、こんな耳お前にくれてやる」
サラリーマンは耳を二つ雪だるまの顔に渡していった。
年が明けようとする夜、また若い男が現れた。
「あぁ、僕はなんてことをしてしまったのだろう。クリスマスの夜、僕は彼女に浮気されたと思って、この手で彼女の頬を叩いてしまったんだ。ところが今日、それが僕の誤解だったと分かったんだ。あんな冷たい頬をしてさぞ痛かったろうに。あぁ雪だるま、もうこんな手お前にくれてやる」
男は手を二本、雪だるまの体に渡していった。
太陽が昇り年は明け、大通りでは多くの人が行きかっている。しかし雪だるまの路地裏では人も少なく静かなものだった。
一人女の子が雪だるまの下に遊びに来た。隣に座り小さな手で新しい雪を雪だるまにくっつけている。
向こうから一台車が走ってきた。大通りを避け路地裏に入ってきたのだろう。甘酒でも飲んだのか運転者の男の赤い顔が雪だるまにも見ることができた。女の子は雪に夢中になったまま。男はまだ女の子の姿が見えていない。
女の子は新しい雪を取りに道路の反対側へかけ出した。男の顔が一気に青くなった。おもむろにブレーキを掛けたが、タイヤの滑る音が雪だるまの耳に響き渡る。
ばーんッ
青空に白い雪が弾けて舞った。車はバックして一目散に逃げ出した。
宙に舞った粉雪の下、驚いた女の子が、崩れた雪の手に抱かれて泣いていた。