第52期 #9
おかしな夢を見た。
十二月の張り詰めるように寒く乾いた空の下、僕は札幌駅前の交差点にいる。行き交う大勢の人々に紛れ、白い息を吐きながら歩く。素晴らしい買い物をしたらしく、手に紙袋を提げていた。気分がいい。
ビックカメラの角を曲がると、前方にポケットティッシュを配っている人がいた。その人の顔を見ると、これが驚くことに僕の学校の英語教師であった。彼は赤い合羽を着て、人が通る度にティッシュを差し出していた。しかし受け取る人は一人もおらず、彼はたくさんのティッシュが詰まった籠をいつまでも抱えていた。
僕は彼からティッシュを受け取ったが、その時見た彼の瞳は寒さと空しさのせいか白っぽく濁り、生気が感じられなかった。手元のティッシュに目をやると、何故か広告も何も付いていなかった。
そんな夢を見た日、彼は授業のため僕のクラスへ来た。僕はぼんやり彼を眺めていたが、彼の授業は普段通りだった。しかしその姿は夢の中とは違って、どこか楽しげですらあった。授業が終わって、僕は彼に夢の話をしようかと考えた。だがあまり親しくもないので言い出すきっかけが掴めなかった。
その日、僕は補修のせいで帰りが遅くなった。玄関で靴を履いていると、隣の職員玄関に彼がいた。サッカー部の顧問なので今から部活に行くようだ。僕は無意識の内に声をかけていた。
「先生」
「ん? なに?」
「昨日、先生の夢を見ましたよ」
「ホント? 俺何してた?」
「ティッシュ配ってました」
「ええ、やっぱ夢の中でもマヌケなことしてるんやな」
「いやそういう訳じゃあ」
「はは。じゃあ気をつけて帰れよ」
「はい、さようなら」
そして彼はグラウンドの方へと勢いよく駆けていった。
玄関を出ると辺りはもう闇に包まれていて、寒く乾いた空気が張り詰めるように冷たかった。僕は肩を竦めて歩き出した。早く、早く暖かいところへ、と一心に歩く。
校門を出ると、バスを待つ生徒達が白い息を吐きながら談笑していた。それを見て、不意に僕は自分の瞳が寒さと空しさのせいか、生気を失いかけていることに気がついた。僕はすっと制服のポケットに手を突っ込んでみた。中には使いかけのポケットティッシュがひとつ入っていて、どういうわけか少し笑いがこぼれた。
そうやってポケットに手を突っ込んだまま、僕は速くなっていた歩調をすっと緩めた。そして、ふうっと白い息を上空に向かって吹きかけた。満月だった。気分がいい。