第52期 #5

擬装☆少女 千字一時物語7

「ちょっと、女の子になってみたかったんだ」
 僕はその言葉を、二回口にした。

 僕の家には昔からよく姉の友達が遊びに来て、僕も彼女たちに構ってもらっていた。そうして育ってきた僕は、何となく男の子の中に入ることができず、かと言って女の子の中へ飛び込んでいくこともできなかった。
 家に帰れば誰かしら構ってくれる人がいたので小さい頃はそれでも寂しさを感じることはなかったが、本当に彼女たちの輪の中に僕が入ってはいないことに、だんだん気がついてきた。それが増すごとに、僕は焦燥感を抱いた。
 何故か。それは僕が男の子だからである。
 ならばどうするか。女の子になれれば彼女たちのところに戻ることができる。
 そのために何をするか。悩みに悩んだ末、形から入ることに決めた。
 姉の服を無断で拝借した。心臓がどきどき鳴った。回を重ねるたびにそれはだんだん弱まったが、しかし焦燥感は消えない。消えない焦燥感に苛立って回数が増えてきた頃、姉に見つかった。
 あまりの驚愕に表情を凍らせたような姉に、僕は努めて明るくそれを口にした。
「ふうん、面白いじゃない」
 氷が緩むような力の抜けた笑みで、このことは姉の公認となった。

 その姉から、想像の中に閉じこもっているだけでは進歩しないと助言をもらって、僕は外に出ることを始めた。また心臓がどきどき鳴ったが、これを気取られてはならない。抑えることができたと思うごとに、僕は徐々により人通りの多い場所へと向かった。
 ようやく上がってきた目線で周りを見ると、ただそこに居るというだけであれば、男の人も女の人もそれほど違っていないように見える。それならば僕がこうしていても良いようである。
「ねえ、ちょっと話させてよ」
 同級生の女の子に声を掛けられて迷いもせずについていったのは、自分を試してみたいと思えるようになっていたからだろう。
「アンタ、――でしょ」
 何故、と無表情で問う彼女に、僕は照れ笑いを浮かべてそれを口にした。
 途端に罵倒された。それは荒れ狂う吹雪のようで、その前に僕は凍りついた。
「そんなことで女の子だなんて、馬鹿よ」
 言いたいことだけを言って、彼女は傲然と立ち去った。ようやく氷が緩んで僕の中に湧き出したのは、哀しみと怒りが綯い交ぜになったものだった。

 もう二度とそれは口にしない。そして彼女を見返してやる。
 およそ女の子らしからぬ反抗心で、今僕は女の子になることを目指している。



Copyright © 2007 黒田皐月 / 編集: 短編