第52期 #2

『ライフバーゲン』

Nへ。

 一つあやまらならなければなりません。私はつい先日、あなたをモデルに小説を書きました。というのも、あなたの「服は人に見られるために着る」という言葉が印象的で、私は小説の登場人物にそれを言わせてみたかったのです。ところが物語の展開上、その人物を野暮な男にしなくてはなりませんでした。あなたはとてもおしゃれで、ロシア人のような帽子にインディアンのようなコートを合わせたりする人じゃありませんでしたね。しかし、私は小説の人物に、野暮ったさや田舎くささを出す為、そのように描いてしまいました。
私はこの話を、本当は笑いながら冗談交じりにあなたへ報告するつもりだったのです。

 1996年1月、あなたは下北沢駅前劇場で、マチネとソワレ合わせて計6回、舞台の上で死にました。それはとてもきれいな場面で、真っ暗な舞台の上ただ一人スポットライトの中あなたは、白いラメのセーターを着て、白いブーツカットのパンツにエナメルの白い靴、白い羽のショールを巻いていました。あなたはゲイの役で、当時我々の中でゲイの役をやらせたら、たぶん右にでる者はいなかったと思います。そうして、印象的な台詞を残して死んでいきました。
 あなたは役にしても、普段にしても、印象的な台詞に包まれた人でした。
 「役者とこじきは一度やったら辞められない」と言うのもそうでしたが、私が一番好きだったのはやはり、あなたが成増に住んでいた時の「成増になります」ではなかったかと思います。私の「松戸でまつど」よりずっとスマートな感じで、いたく感動したものです。
 
 2006年10月、あなたは本当にこの世を去ってしまいました。
私はあなたの最期がどのようであったか知る由もありません。ですから、10年前の舞台の上で、あなたが残した言葉を、私はあなたの最後の言葉として、ずっと覚えていくつもりです。

「アタシのコト忘れてちょうだい…ううん…忘れないで…」

暗転

(『ライフバーゲン』坂手洋二作)



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