第51期 #6

起承承承

@獏。犀に似た野獣。長い鼻と上くちびるを持つ、黒い。
A獏。伝説上の生き物。悪い夢を食べる。姿は以下同文。

百科事典で調べたその動物は二種類の説明をもって記されていた。文章のすぐ近くにその動物の小さな姿が載っていて、版画のように古ぼけたその絵はただ「醜い」という印象だけを植えつけた。
なるほど、数日前からボクの肩に乗っかっているコレは、やはり獏という動物のようだ。最初はその姿に面食らったが、よく見ると象に似ている。ただ、子犬くらいの大きさで、白い。
「どうや?おんなじか?」
変な訛りの言葉で話す彼女は、ボクの書いたスケッチを元に“獏”という名前をボクに教えてくれた。名前はコウだ。
「うん、カンカンだよ」
「そか。カンカンて何?」
「さあ」
動物の正体は分かったものの、厄介なモノには違いない。
「なあ、何でそれ見えへんの?」
「獏だからじゃない?」
「へえ」
図書館の中はいつもより盛況だった。期末試験が近いせいだろう。ボクは百科事典を元の棚にしまうと、また椅子に座った。テーブルの正面にコウが座っている。一座席空けて眼鏡をかけた男子生徒が試験勉強している。
「なあ、アンタは勉強ええの?」
「うん、夜やるから、別に」
「夜行性なんね」
「暗闇に光る?」
「いや」
他愛無い会話をしていると、肩の上で獏がその頭(どこからが頭なのかは知らないが)を上げていた。鼻が天を向いていて、それは空気では無い、何かの別の匂いを嗅いでいる。
「始めた…」
「ほんまか」
獏は人の悪夢を喰らう。事典にはそう書かれていたが、コイツは違う。この動物は人の思念を吸っている。それに気付いたのは中略だ。紙面の都合である。
とにかく、この獏は人の悪い思想や理念を食べている。
「つまり、それってどうなの?」
「たぶん、人の嫌な思い出を食べるんじゃないかな?」
「いいやつやん」
「そう?」
しばらくすると獏はその鼻を下げ、満足そうに目蓋を閉じた。すると、二つ隣で勉強していた男子生徒がテーブルに突っ伏してそのまま眠ってしまった。覗き見るとノートは真っ白だ。
「ああ、何とま。嫌だ、と思っていることも食べちゃうんだ」
「あ、コイツまた濃くなった」
獏は最初、霧がかかったように曖昧な姿だった。それが今ではかなり鮮明に見えている。どうやら人の想いを食べる度にはっきりしてくるみたいだ。
「なあ、連れしょん行かん?」
「連れは分かるけど、しょん、って何?」
「さあ」
肩の上で獏が欠伸していた。



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