第51期 #4

ストーリーテリング

狭い六畳間に無理矢理設えた書き机で私はもうすぐ七歳になる息子のためにお話しを書いていた。書き物をしたことなど高校生の時以来だ。あの時は芥川の「羅生門」の続きを各々が創作するという課題であったが私は(もう名前すら覚えていないが)主人公が何の改心もせずただ新たな私の作った登場人物と(十七歳の私にとってはかなり斬新なキャラクターであったと思うのだが何一つ思い出せない)ひたすら逃亡劇を繰り広げるといったものであった。教師から戻された原稿には20点と書かれていた。殆んどのクラスメートは主人公が自責の念に駆られ自ら命を絶つか業の報いを受けて捕まるなり殺される結末であった。そしてそれらの回答は僕のよりはるかに点数が良かった。そんな回答を想像すら出来なかった僕という人間の浅はかさを当時の僕は責めた。そして十数年経った今では僕にもその回答の意味が分かる。
《人は 悪い奴を 完膚なきまでに 抹消したいのだ》 
寝床で魘されていた妻がふと目を覚ました。僕の姿を認めてふうと息を漏らす。
「ショッカーに追いかけられてる夢を見たの。あぁ怖かった。」僕は笑う。
「この年になってショッカーに追いかけられてる夢が見れるなんて君は幸せだね。」
寝汗を手の甲で拭いながら妻は言う。
「じゃああなたはどんな怖い夢を見るっていうの?」
「そりゃあ自己破産した夢だとか会社からリストラを言い渡されたのやら運転している車が全然言うことを聞かなかったりだとか。」
「ふうん。いやに現実的な夢ばっかりね。」そう言うと妻は仰向けになって大きな伸びをした。興味もないくせにどんなお話を書いていたのか聞いてくる妻に僕は掻い摘んで説明する。

〈それは愛らしい坊やが一人でピクニックに出かけます。森の中で親切な樵のおじいさんから不思議な植物の苗を貰います。無事家に帰って庭にそれを植えるとそれ以来家の窓という窓を開けられなくなってしまいました。〉

「で?」
「それで終わり」
「そう」
「何か文句ある?」
「ううん、別に」

 次の日の夜に息子の枕元でその話を聞かせると息子は勢い込んでこう答える。
「それだったら庭にある植物は全部明日の朝抜いちゃわなきゃいけないね。」

 僕は深く溜息をつく。かつてアウストラロピテクスが闇を恐れたように。



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