第51期 #22
何処までも飛び続ける。何処までも何処までも何処までも。
何処までも飛び続ける。
それでも科学者達は地球が丸いことが証明出来ない。
飛び続ける。それでも科学者達は地球が丸いことを証明出来ない。
何処までも何処までも何処までも。
地上では麦拾いの女達が収穫の踊りを踊り、ゲイバーで吐きつぶれた男がオカマに介抱され、教会のステンドグラスは今日も綺麗だ。赤。黄色。緑。紫。橙。微妙な陰影。鮮やかな色彩。ステンドグラスは今日も綺麗で、聖女と聖女は今日もその色彩に白い身体を晒しながらお互いのふとももを舐めあう。ビルの屋上で音楽に明け暮れる少年達。地球儀が回る(それはアルミ仕上げの光沢があり、とても良い出来である)。
世界の果て。
オーバーザレインボー。
科学者達は飛び続ける。科学者達は何処までも飛び続ける。
廃ビルの根元から空へと伸びていく虹を、醜いアヒルの子のような、ばさばさの髪の女の子が渡っていく。
それをわたしはジェット機の中から眺めている。ファーストクラスのシートだ。機内には私のほかには誰もいない。ねじられ、ひねられ、七色、醜いアヒルの女の子は白鳥になって世界の果てへと飛び立っていく。それをわたしは書類を繰りながら、ゆったりと眺める。雑居ビルの看板をすれすれに飛びながら、うち枯れた街路樹を、ガードレールを、螺旋階段を、テレビモニターを、図書館の階段を、すれすれに飛び続けながら、世界の果てへ。世界の果てへ。
世界の果てへ。
オーバーザレインボー。
科学者達は飛び続ける。飛び続ける。見続ける。宇宙の果てを。巨大な鏡を丹念に磨き上げた巨大なレンズを幾重にも連ねた望遠鏡を衛星軌道へ打ち上げ、宇宙の果てを見続ける。何処までも何処までも何処までも。
「フィッシュ、オア、チキン?」
ワゴンをかたかたと押しながら、客室乗務員がわたしの隣にやってくる。そして静かな笑顔で尋ねる。フィッシュ、オア、チキン? 魚、ですか? 鳥、ですか?
「フィッシュ、オア、チキン?」
「虹ですよ」
わたしは窓の外を指差して言う。書類の束を閉じ、窓の外を指差し、言う。
「あれは虹ですよ」
オーバーザレインボー。回る地球儀。白鳥は今どこまで行ったのだろう。科学者達は。わたし達は。何処へ。
「そうですね」
青空にかかる真っ黒な半円。虹。ステンドグラス。白鳥。オーバーザレインボー。
「虹ですね」
若い客室乗務員は静かにそう答える。