第51期 #21

黒い猫と白い私

 道路の端に黒い猫が横たわっていた。辺りにはセミの鳴き声が響いていた。
 私は日課となっている夕方の散歩中にそれを見つけた。おそらく車にはねられたのだろう。心無いドライバーはそのまま放置していったに違いない。とは言ってもそれは当然のこととも言える。
 運転手も自ら望んで轢いたわけではない。突然飛び出してきた猫を避けきれず不運にもはねてしまったのだろう。これが人間だったならまだしも、わざわざこの物体を病院に運んでいくなど誰がしようか。触れることすら嫌に違いない。
 しかしながらその猫は、内臓を撒き散らしてるわけでもなく血が吹き出ているわけでもない。元の形のままでそこに倒れているのだった。
 私は静かに近づいてみた。ほとんど日は沈み辺りには多少涼しい風が吹いてきている。とはいえ日中に地面に蓄えられた熱が身体を焼く。そして遠くにいる時には気付かなかった妙な匂いが漂ってきた。
 はねられてから数時間は経っているであろう。どのようにして死んだのか私は知らない。苦しんだのかも知れないしそうでないのかも知れない。
 私は黒い、少し前までは猫であった物をそっと抱き上げた。
 外傷がないように見えた体も裏側は血でべっとりとしており、アスファルトの熱で焼けて地面にはりついた部分を剥がすようにしなければならなかった。また、抱き上げると同時にもわっとした異臭が鼻をついた。
 持ち上げた体は予想よりもずっしりとしていた。だがそれ以上に生を失ったものの軽さを感じさせた。
 そうして私は歩道の隅にある植え込みに猫を横たえた。私の手には猫から抜け落ちた黒い毛が、その身体から流れ出た粘つく血によってこびりついていた。
 ふと思う。私は何故こんなことをしたのだろうか。分からない。
 人通りもなく誰も私のことなど見ていない。見ていたとしても気持ちのやつとしか思われないだろう。
 猫にしたって私の行為は全く無意味なものだった。彼はもう死んでいるのだから。道路の上で日に晒され朽ちていくのも、木陰で静かに土に還っていくのも同じこと。
 強いて言えば自己満足だったのだろう。ただそれだけだ。

 私はそうして家路についた。
 手にこびりついた血が匂う。貼り付いた毛に違和感を覚える。しかし悪い気はしなかった。
 五分ほど歩いて私は自宅に到着した。玄関の前にはセミの死骸。
 夏の終わりも近い。
 死骸を踏み砕く小気味好い音を聞きながら玄関のドアを開いた。



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