第50期 #9

独りでは居られないステージ

 フレッシュ海鮮は若手漫才コンビだ。二人がテレビに映らない日はないほどの人気を博していた。

 だが、ひき逃げだった。フレッシュ海鮮はツッコミの蟹山一人になった。

 蟹山はフレッシュ海鮮としてテレビに出演し、虚空にツッコミを入れた。痛々しい光景だった。

 蟹山はテレビに出続けた。と言うよりテレビは彼を映し続けた。

 蟹山は一人でボケとツッコミをこなし始めた。だが蟹山の一人二役には無理があり、かつてのテンポは消え失せた。しかしテレビは彼を映し続けた。

 蟹山は異常な変化を始めた。
 身体が倍ほども太り、顔が見えぬよう頭巾を被った。蟹山の変化をテレビはこぞって取り上げた。

 やがて頭巾が膨れてきた。バラエティーの司会者が頭巾を剥ぐと、その下の頭は二つあった。
 蟹山は漫才を始めた。同じ顔が軽快にボケとツッコミの応酬を始める。それはまさにフレッシュ海鮮の漫才だった。

 蟹山は徐々に裂けていった。漫才も面白さを増した。だが人々は漫才が見たいのではなかった。

 ステージに二人の蟹山が立った。左蟹山のボケと右蟹山のツッコミにより、フレッシュ海鮮は復活を果たした。

 某大学が蟹山を研究したいと申し出た。報酬を約束された事務所は左蟹山を拉致して研究させた。
 翌日テレビで右蟹山は困惑していた。海老野を失った当時のような漫才だった。
 しかしまた蟹山は太り、分裂した。

 年末、フレッシュ海鮮はカウントダウン番組に抜擢された。テレビ局は年越しの瞬間に大爆笑を取れと命じた。

 迎えた本番。フレッシュ海鮮は千人の客を前に漫才を始めた。好調な滑り出しだ。
 だがこの番組には企てがあった。年越しの寸前左蟹山の立っている床が抜け、右蟹山が残される。大舞台に一人残された蟹山はどんな超常現象を起こすのか。人々の興味は漫才ではなくそこにあった。

 あと三分で新年。そのとき左蟹山が消えた。
「っておい!」
 右蟹山のツッコミが空を切った。それを見て観客は笑った。右蟹山は困惑した。観客はその様子でまた笑う。
 頭を抱えた蟹山は分裂を始めた。観客は目をこらした。そして一瞬静寂に包まれた会場は、絶叫に支配された。全国のお茶の間で悲鳴が上がった。

 テレビは彼を映すことをやめた。

 蟹山には身体のパーツを複製する時間がなかった。ステージにはグロテスクなミュータントが二体並び、年越しと同時に崩れ落ちた。

 引き際を知らなかったのだ。蟹山も、テレビも、視聴者も。



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