第50期 #10
井上たち女子数人が、映画を見に行く話をしていた。それは漫画原作の青春ドラマで、井上に漫画を見せられたことのある僕も見てみたいと少し思っていた。面白いからこの漫画を見てみろなど、いつも強引なことを言って僕のことを振り回すくせに、こういうときだけ誘いがないのは狡い。僕は井上に抗議した。
「何で僕には秘密だったんだよ」
「別に秘密ってわけじゃないんだけど」
だけど誘うつもりはなかったと言う。興奮気味だった僕はさらに食い下がったが、その答えは、レディースデイだから、というものだった。
「だったら僕も女の子で行く」
井上から借りたデニムスカートと黒のスパッツを穿いて、Tシャツの上にスカートと同色の身丈の短いデニムジャンパーを着て、上映開始十一分前、すなわち集合時間の一分前に、僕は映画館前に行った。女子たちに騒がれることを防ぐためである。席を探して落ち着くまでの間だけでもいろいろ言われたが、それ以上に僕の癪に障ったのは、足が短いと無言で主張する折り返されたスパッツの裾だった。
男の子のひとりが女装して女の子と二人でいる場面があって、女子たちの視線が僕に向いた。ウィッグつければ良かったね、と誰かが言う声が耳に届いたが、僕は努めて気にしないようにした。そのうちに僕も女子たちも、正面の画面に引き込まれていた。
映画は面白かった。漫画なんだからと言われそうだが、こんな関係って良いなとか思ったりした。しかし、来て良かったかどうかは別である。
「すんなり入れちゃったもんね」
本当のことなのだが、あまり騒がないでほしい。
「漫画読んだときは女装なんてナシでしょって思ったけど、そうでもないかも。全然変じゃなかったし、ここにも実例いるし」
「でも宮下なんだもんね」
「信じらンな〜い」
映画の話と僕のことと行ったり来たりしながら盛り上がる女子たち。また話題が僕のことになって僕が口を噤んだとき、ふと井上が同じようにしていることに気がついた。気になった僕が井上のことを見ると、井上は僕から目を逸らせた。
帰り道、家が近い僕と井上はいつものように二人一緒に歩いていた。いつもならば何か喋りそうな井上が、今日はあまり話をしない。家のすぐ近く、井上が右に曲がる交差点、僕も何と言おうか悩んで立ち止まったところで、井上が言いにくそうに、あのね宮下、と口を開いた。
「今日はきてくれて、ありがと」
その服を、僕はまだ返せないでいる。