第50期 #5

ブラジルの夜

 2006年6月23日午前2時。ジュンから電話が入った。クミがファミレスで荒れていると言う。
「送ってやってよ」
「動かないんだよ」
 クミは酒に弱くてビール数杯で潰れちゃって潰れるとテコでも動かない。だから密かにテコクミと呼ばれている。
「誰いんの?」
「おれとシンジとカナコ」
 でもテコクミを動かせるのはクミに親友視されてる私しかいないのだった。ファミレスに行くと、クミが私を見かけるなり目を潤ませた。
「ユウが……もしも……」
 ユウは昨日事故って入院している。そのことはみんな知ってるし昨日病院にも行ったんだけど、クミだけちょっと連絡が遅れてしまって、それで今日またクミを連れて病院へ行ったんだけどICUに入ってて会えなかったとジュンが言った。
「ユウはワールドカップ楽しみにしてたのに、私、今夜カレんちで応援するはずだったのに、なのに……」
 ユウのカノジョ的発言繰り返してるけど誰も認めてないからね、と私は内心思った。みんな優しいから黙ってるけど、クミがユウの家に行きたがってしかたないのでユウがみんなでウチに来いと言ったのだからね。
「予定通りみんなで日本応援しようよ。日本は勝つよ。ユウも大丈夫だよ」とカナコが言った。
 あーそーゆー言い方まずいんじゃないの?
「もしも、日本が負けたら……ユウは……」とクミがウワゴトのように言った。
 ちらりクミの顔を見ると、号泣する準備はできていた。
「もう帰ろうよ」とシンジが言った。
 途端にクミがテコ泣き始めた。クミのテコ泣きは最低二時間続く。
 「どこかテレビ見れないかな?」「うちはダメ」という会話が繰り返されて、ジュンが、
「よっしゃ。埼玉スタジアム行こ。みんなおれの車乗れや」と大きく出た。
 二時間ばかり走ったところでガス欠でガソリンスタンドに寄ったら、店のお兄さんたちが事務所で小さなテレビ見て歓声上げていた。
「試合どうなってますか?」
「玉田先制。1−0で日本リードしてますよ」と店員が教えてくれた。
 クミは車から降りて自販機でジュース買って飲んでたんだけど、その場にしゃがみこんで再び泣き始めた。
「私やっぱり行けない。私もう動けないわあ。もしも、日本が勝ったら……もしも……」
「ニッポン勝つよ」とカナコ。
「クミ、車に乗りなよ」
 テコ座りしたままクミは泣き続けた。カナコと私はクミの周りで手拍子して、日本を応援した。
「ニッポン、ニッポン!」
「ニッポン、ニッポン!」



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