第50期 #4

新しい季節

梅雨が終わった日曜日の駅。ドアが開いて電車に乗った。
制服で乗っているいつもと違い、私服の今日は少しおかしな感じがする。私服で外に出ること自体、久しぶりに感じる。
電車はいつもより空いていて、冷房も少し肌寒いくらいだ。

父さんが会社帰りの駅で倒れた日、電話に出た母さんはひどくあわてていた。胃潰瘍だったらしい。母さんは父さんの着替えを袋に詰め込んで、急いでタクシーに乗っていった。
僕は家で帰りを待ったけど、朝起きたら台所に弁当が置いてあった。

学校に行って、2時間目の放課に保健室に行った。クーラーはないけどグランドに面しているから風通りがいい。ちょっと前からお世話になってる。
保健の井ノ瀬先生にいつもの紙を渡されて朝食べた物とか、昨日寝た時間を記入した。体温計を先生に返した時に、
「昨日、父ちゃんが大変だった」と言ったら、先生はどうしたのって。
「仕事から帰ってくる時、胃潰瘍で倒れて入院した」って応えると、
「そう、お父さん大変だったのね…」と。そう僕に言ってきた。僕に言ったってしょうがないのに。
ストレスとかが原因らしいけど、体が大きくて無愛想な父さんはそんなふうに見えなかった。倒れた前の日も、帰ってきたら居間で野球を見ていたと思う。その時食べた枝豆が腐ってたんじゃないかって少し思ったけど、僕はそこまで薄情じゃない。きっと父さんも大変だったんだろう。


電車は順調に、駅を渡り歩いていった。


あれから5日がたち、母さんに押し出されるように病院に向かっている。
通学に使い慣れた駅も、電車の中から見ると少し違うところに感じる。

最後に父さんと釣りに行ってから、もう半年くらいたっただろうか。あの時は真冬で、2人ともボウズだったのを覚えている。それでも2人は一日中釣り糸を垂らしていた。夏になった今、退院したらまた釣りに行けるかな。

目的の駅に着き、僕は電車から降りた。
病院は駅の真ん前にあったからすぐ分かった。割りかし大きな病院。父さんは大きな8人部屋の一番奥にいた。
ひげが少し伸びていて、その中の白いのが陽に当たって光っていた。体は大きいけど少しやせたかもしれない。会社から帰ってくる父さんとは少し違うように見えた。普段どおりに無愛想な顔だけど、なんというか、少しだけ普段より父さんが人間らしく見えた。
僕に気付いた父さんと目が合った。僕は父さんのところへ歩いていった。

窓からは、夏の新しい日差しが差し込んでいる。



Copyright © 2006 熊の子 / 編集: 短編