第50期 #23
飲み会の帰り道、クラスメイトの香西は「何でもできる」と僕に宣言した。
アルコールによる万能感というやつだろう。呂律が回っていなくて、ほとんど「れきる」としか聞き取れなかった。
「だって私は神様だから。世界を作りかえるくらいわけないわ」
『大学生活はノリとミエだ』
兄貴の言葉を思い出し、僕はほとんどシラフであったにも関わらず「マジで?」と驚いてみせた。
香西は千鳥足でスキップしながら陸橋を渡った。見ている僕の方が冷や冷やした。
「例えばあの赤信号っ」
階段を下りたところで香西は交差点の信号機を指差した。
「あれは電気じゃなくて赤い星。最近急接近してきた火星なの。今、そういうことにしたから」
確かに信号機の柱は暗闇に紛れていて、赤い球体が空に浮いているように見える。
香西は今度は山の上に建っているマンションを指差した。
「あの建物はここから見ると普通だけど、本当はもっと遠いところにあって大きいの。それこそバベルの塔のようにね」
「ああ、そういうことか。分かった」
要は意識的な錯覚だ。そのつもりで見れば見える、というわけだ。
「明石くんはなかなか見込みがあるね」
香西はまんざらでもなさそうに僕を見つめた。と思いきや「うぃ〜」とぼやきながら僕の胸にもたれかかってきた。
「新鮮な果物が食べたいなあ」
神様というよりもただの酔っ払いだ。
「あー。あんなところにバナナが」
視線を追って空を仰ぐ。三日月が煌煌と光を称えていた。
香西が腕を伸ばす。三日月に手が重なったように見えた瞬間、「えいやっ」と彼女はそれをもいだ。
美味しそうに香西はバナナをむく。
僕は何度も空を見渡したが、月はなかった。
酔っていたのは僕だったのだろうか?