第50期 #13
思いがけず、姉貴からメール。土曜日のお昼、ごちそうするから寄るべし。最後にハートマークまで入ってる。きしょい(きもいは気持ち悪いの略、きしょいは気色悪いの略。だからなんだっていうんだ)。俺が携帯持ってるのを一週間前に気づいたようだ。
「あんた携帯なんて持ってるのぉ」
じろじろ見たって何も書いてねぇぞ。高校生が携帯持つ時代なんだ。姉貴こそ勉強不足だろ。とこころのなかで毒づきながら
「悪いかよ」
と言えば
「悪かない。上等だわ」
ふふふん、と鼻歌なんか歌っちゃって。姉貴、あの音、半音下がってたぞ。
姉貴思いの弟としては部活のあと腹を減らして隣町の姉貴のアパートへ自転車でなだれ込む図。狭い階段を上がりながら、ぷうーんと漂うよい香りを思いきし吸い込んで、ひゅううと口笛でも鳴らせば、台所に面した出窓が開いて、にっこり笑った姉貴の顔が……。
「なに突っ立ってんのよ。宅急便やさんが案山子を置いて行ったかと思うじゃない」
「案山子?」
「畑じゃないんだからさ、まぁ、きらびやかでもないけどね」
勝手に入れという姉貴に呆然とした俺。ゴムのように伸びた足がドアを開ける。
「おぬし、人ではあるまい」
子供の頃よくやってた遊びをまねて問いかける。
「ばかなこと言ってないで早く入んなさいよ。足がつるでしょ」
小さかった姉貴は目を輝かせて妖怪役をやったもんだ。
『見破ったか、しかし、私の名前まではわかるまい』
母親代わりのおばさんが家を出て行ってしまい、多感な時期の姉貴は俺と妖怪ごっこをすることで事実を受け入れていったのだろうか。思い返してもさっぱりわからない。俺は姉貴よりもっと小さかった。
「ほら、座って」
掃除が行き届いた姉貴らしい、こじんまりと整った部屋。家では見たことない陶器のごつごつした皿に、魚が乗せられやって来た。銀皮の開いたところからまだ湯気が立っている。差し出された朱の塗り箸で身をほぐし、口に入れた。
「ん、これ骨だらけじゃん」
俺は抗議した。姉貴は魚の骨を抜いた。まだある、ここにもある。そのたび小さな骨を姉貴は抜いた。口をもごもごさせて俺は文句を言い続けた。ふいに姉貴の箸が止まった。
「魚だもん」
華奢な両手で箸は隅に追いやられ、皿ごとの魚が俺の目の前に突きつけられた。