第50期 #12
「ついにあんたやっちゃったんだ!」
午後10時の喧騒の狂言町で田丸は青ざめた脇坂を半分したり顔、もう半分は賞賛の面持ちで見つめている。
「でも何で制服なワケ?そんな格好でこの辺歩いてたらどっか連れてかれちゃうよ。ただでさえ純粋な学生はレアなんだから。」
「だって・・・グスン」脇坂は憔悴しきっていて今にも突っ伏してしまいそうな様子である。
「まあいいからことの顛末を説明してみ。田丸嬢がお聞きに遊ばしまするよってに。」
学校から帰宅した脇坂は母親と口論になった。原因はふとした弾みで盗ってきてしまったビニール傘であった。近づいてくる台風の影響に拠る雨からウェーブする癖っ毛をガードするための止む無き個人的な所業であった。プロテスタントの母親は執拗に娘を苛み唇の辺りに密生していたヘルペスにまで糾弾した挙句に超科挙を迎えるにあたり相当なストレスを溜め込んでいた脇坂の怒り心頭に沸し衝動的にビニール傘の尖った先端で母親を刺し殺してしまったのだ。
どうしようと混乱している脇坂に田丸は自分の右手薬指の先端を取り外して渡す。
「とりあえず私の家に隠れてなよ。お父さんがいるけど〈別に〉以外口にしなかったら絶対バレやしないから。しばらくいればまあほとぼりもさめるっしょ。」
でもあなたはどうするのと尋ねる脇坂に、だってもうすぐ台風が来るんだよ。家になんてじっとしてられないわと田丸は答えた。
田丸の右手薬指で高層マンションの一室に入ると田丸のお父さんはリビングでクリケットの衛星中継を見ているところだった。
「〈こんな時間までどこをほっつき歩いていたんだ!〉って聞かれても〈別に〉って答えたらいいから。」
「〈お前あいつとやったのか?〉って聞かれても〈別に〉って答えるんだよ。」
相手はマニュアル通りに言っているだけ。それに対して〈別に〉と答えてればシステムは滞りなく作動し続けるんだから。それにしても〈お前あいつとやったのか?〉なんてプログラミングする奴のセンスはどうかと思うけど。ちなみにお父さんはもうすでに四号だからそんなトラブルもないと思うし。脇坂は田丸の箴言に則ってしばらくの間田丸家で快適な自習ライフを過ごした。
「勉強大変だな。コーヒーを淹れてあげよう。クリープは入れるか?」
「別に」
「そうか。」
もう大丈夫みたいだよという田丸からの伝心の後懐かしき我が家に帰ると脇坂の母親はすっかり超合金二号になりかわっていた。