第5期 #2

見送り

大きな荷物を脇に置きながら後部座席に腰掛けている息子の姿は酷く頼りなげに見えた。
バックミラーの角度調節を装い、何度も息子の姿を盗み見ながら、「どうだ?あっちに行っても上手くやれそうか?」と父親は息子に話し掛けた。「ああ、何とかやれるよ。」息子はつまらなそうに返した。
早朝の車道は車の数も少なく、無理無く駅に辿りつけそうだ。
「生活が辛くなったら、いつでも帰ってくれば良いから。」父親はそう息子に話し掛けたが、バックミラーに映る息子は、寂しげでも悲しげでもなく、ただ黙って過ぎ行く景色を眺めていた。
「学校卒業したら、こっちに戻って来るか?」父親は沈黙を恐れているかのように、また質問をした。
「さあ、どうかな。あんまり好きじゃないし。」と味気なく答えた。
「正月休みになったら一度帰って来て、向こうの様子を聞かせてくれな。」
「帰って来られるお金があったらね。」息子は初めて軽く笑顔を見せた。
「金なら払ってやるから心配しなくても良いって。一度帰ってこい。」父親は、まだ幼かった息子へ言い聞かせた時のように、静かにそして断定的に言った。
「ああ、うん。わかった。」息子は父親の断定的な言葉に、多少含みを残しながら頷いた。
「可愛い彼女、連れて帰ってくれば良いからよ。」
「その時に彼女がいたら連れてくるよ。」息子は眠そうに欠伸を噛み殺しながら答えた。
父親はハンドルを握りながらも、脇を過ぎ行く銀杏の青々しい木々を非常に頼もしく感じた。
父親の手を離れつつある息子は、猛々しく繁るこの銀杏の青葉のように、まだ見ぬ明日を見据えているかに思われた。息子にとって父親とは枯れ行く銀杏の葉のように映るのかもしれない。
父親は再び無表情な息子の姿をバックミラーで盗み見ながら、ハンドルを握る自分に疲労感を覚えた。



Copyright © 2002 マサト / 編集: 短編