第49期 #8

モノトーンメランコリ

 電柱の脇に影みたいな男が寝転んでいた。
 そんなところで何をしているのか尋ねると、男は電柱の影をしているのだと言う。隣の電柱と比べてみると、確かに本来影があるべきところに男がいて、太陽に対する角度もばっちり正確だった。聞けば、太陽の動きに合わせて男も移動するらしい。伸びたり縮んだり、薄くなったり濃くなったりするらしい。こうしている間にも、男は少しずつゆっくりと回転・伸縮し続けているのだ。
 なぜこんなことになったのか男にもわからないと言う。気付いたときには男は電柱の影になっていたそうだ。
 私は自分の影を確認してみた。それは多少デフォルメされているにしても、しっかりと私の形そのままであるように見えた。影のような誰かじゃなくて安心した。と同時に、わけもわからず電柱なんかの影をやらなければならない男に同情し、ポケットに入っているだけの小銭を男の傍に置いてやった。
「小銭やるからがんばれよ」と私は言った。
「なんだかすみませんね、影なんかのために」男はちらりと小銭を一瞥して言った。
「影だって立派な仕事じゃないか」
「そうは言ってもね、夜には消えちゃうんです。曇りの日も」
「それに」私は男の言葉を遮って続けた。「隣の電柱よりもずっと影らしい。今まで見た影の中ではかなりいい線いってると思うよ。影は太陽の身分証明書みたいなものだからね。素晴らしいサインが書けたと太陽もきっと喜んでる」
「あなたは優しい人ですね」その時、心なしか男の表情が緩んだ気がした。「あなたみたいな人の影だったらよかった。電柱なんかじゃなく」
 男の言葉もまた影だった。みじめで陰鬱でか弱い、残りかすみたいなものだった。しかしそれは影ではない私の耳に届いていた。確かに届いていた。
 通りの向こうから犬がやってきて電柱に小便をした。小便は男にかかり、小便の影も男にかかった。小便の染みが電柱と地面に広がり、まるでそれ自体もひとつの影であるように見えた。
 8月の太陽がじりじりと偽の影を灼いた。私は去っていく犬の尻の穴をただ眺めていた。

 陽が落ちてから再びその電柱の前を通りかかると男は消えていた。10円玉が3枚と1円玉が6枚、昼に私が置いた場所にそのままあった。男は小銭なんて欲しくなかったのだろうか。それとも、小銭の影だけ持ち去っていったのだろうか。それは明日の朝にならなければわからない。もちろん、明日も太陽が昇ると仮定しての話である。



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