第49期 #4
「以前どこかでお会いになりましよね?」
それは夏に溶けるカキ氷のような当たり前の感覚だった。
都会の街中でその彼女は涼しげな目をして僕を見ていた。
「いや、会ったことあったっけ?」
彼女の目は僕から外れることはなくそう答えた。
「いやぁ、どうでしょう?」
そう答えると彼女はなぜかずっと彼女を見なくては解らない程のとても微妙な表情で悲しみを表現した。
少なくともそう僕は感じた。
「あそこに座ろう。」
彼女が手で僕を促した。
僕らは新宿東口の木漏れ日に隠れられるちょっとした椅子に腰を掛けた。
蝉の音が聴こえる。蒸した木の匂いがする。今日は気分が良くて僕なりにオシャレな格好をしていた。劣等感はなかった。
二人はしばらくボーッとアルタ前のTVに夢中になって話すのを
忘れていた。
たとえば見ず知らずの人間2人が一つの空間に意識的に入った場合、緊張する。でも僕は緩和した。
彼女が口を開いた。
「昔、きっとどこかで君と会ったよね。」
その言葉で脳にノイズが走る。ど忘れかもしれない、でもど忘れじゃない。彼女の名前を知っているような気がする。
でもそれは違う国の言葉でしか表現できなくて僕は言葉を知らない。
彼女は言葉を続けた。
「もし、君に彼女がいないなら・・・その・・・なんて言うか
私と友達になる事もできるよって言うかその・・・。」
彼女の手が震えていた。彼女にとって見ればよほど度胸のいる言葉だと僕は肌で感じた。
「彼女・・・いるんだ。」
僕は答えた。そんな彼女に対して僕は誠実でいたかった。
「そっか・・・彼女もういるんだ。」
「残念!!」彼女は笑いながら茶化すと下唇をかみ締めてうつむいてしまった。
顔を隠して泣いている。
「またね・・・一緒にね・・・ひまわりの種食べたりとかバスとか乗ったりとか坂道を歩いたりとか・・・ジュース飲んだりとか・・・」
彼女の記憶を今、僕は共有し始めた。ノイズが消えた。
「ゴメンね、私にも彼氏がいて、その彼をちゃんと好きなのに
自分だってそんな変な事できない人間だって自覚してるのに
君が現れたから・・・。」
「僕がもし、今度生まれ変わったら君を見つけて君をお嫁さんにするよ。絶対に。忘れない。」
「私も絶対に忘れない、今度はお嫁さんにしてください」
二人はそれぞれ別々の方向へ別れて行った。
少し涼しい風が吹いた。蝉の音がそれをかき消した。