第49期 #3

先鋭アートの作者になりたくて

暗くてジメジメした腐敗臭の漂う部屋で、つとむは身動きとれずにいた。
重い手かせ足かせ。

「よォ、つとむ元気かァ」
中本の蹴りが飛んでくる。つとむの腹を強烈な一撃が襲い、血ヘドを吐く。
中本の蹴りと重なるように、大原、梅里の蹴りが飛んでくる。袋叩きだ。
ゴミ捨て場に転がったサンドバックを相手にしているかのように中本、大原、梅里の三人は蹴る。蹴りまくる。一度喰らいついたら放さない猛犬のように、もう夢中だ。

サンドバックは砂ではなく、真っ赤な血を吐き出した。
床にこびりついた真っ黒な血の上に新たな赤い血が塗り重ねられる。
それはまるで先鋭アートのようだ。と、つとむは思った。
だとすれば作者は誰だろう。
血を吐き出しているつとむか。それとも血を吐き出させている中本たちか。
絵の作者は絵の具ではなく絵の具を搾り出している人のほうだから、この先鋭アートの作者は中本たちなんだろう。
中本たちは暴力集団ではなく、芸術集団なんだ。はは、それにしても、僕は絵の具なんだ。

絵の具の顔面に向かって強烈な蹴りが飛んできた。
目の前に向かってくる足を見てつとむは思った。
もう嫌だよ。
すると声がした。
「じゃあ助けてあげる。」
それはつとむがいつも想像していた「女神」の声だった。女神は絶望の淵にいる人を助けてくれるんだ。
つとむは、ついに幻聴まで聞こえてくるようになったのか、と思った。
目の前が真っ白になった。

目を開けると、中本、大原、梅里の三人は消えていた。
手かせ足かせも消えていた。
「あれ、もしかして本物の女神、、?」
「私という存在に本物も偽物もありません。」
女神の声がした。姿は見えないけれど。
「もうあなたは自由です。好きなことをやりなさい。」
そう言い残して、女神の声は消えた。

つとむは自由を感じた。生まれて初めて感じる自由。
好きなことをやっていい。何をやってもいいんだ。
今までずっとやりたかったこと。

つとむはナイフで胸を突き刺した。

床の上にまた真新しい血が広がった。
作者はつとむだった。。


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