第49期 #2

億年物語

ナルシスト。
世間は僕のことをそう呼ぶ。
実際僕は、自分に何一つ不満はなかった。成績はいつもトップクラスだったし、もちろん容姿も自慢できる。クラス一の美少女と付き合い始め、家も父親が病院を経営していて裕福だった。
しかし、高校を卒業してしばらくたつと、僕は不安を抱えるようになった。それは歳をとることだった。
僕はあと11ヶ月でティーンズを卒業する。それが僕の心のつっかかりであった。恋人であるミユキも、いずれ顔が水分を吸い取られたように皺だらけになって、美しさを失うだろう。そんなことはあってはならない。美しいものの全ては永遠に美しくなくてはならないのだ。
そんなことを希っていたら、夢に、妙に恭しい男が出てきた。顔はよく分からない。彼は自分を、「全ての動物の寿命を司る神」と名乗った。
彼は手のひらに光を浮べ、にやりと笑った。
「永遠の若さと命を手に入れてみないか」
僕が大きく頷くと、その光を僕に放り投げた。
瞬間、僕は目覚めた。
ミユキにこのことを話してみると、この上ないほどに大笑いされた。そして一息つくと、彼女は僕の目を見てすんなりと言ってのけた。
「私はそんなのいらない。
 一人だけ若く生きていたって、しょうがないじゃない」

4年後、僕らは結婚した。
その3年後に、僕らの間には子が生まれた。女の子だ。
そのまた4年後。僕らは30代を迎えた。

9年後。娘は中学校に入学した。
ミユキの顔には、少し小じわが目立ってきていた。
僕の顔は、あの時の顔と全く変わっていない。

20年後。孫ができた。いつの間にか娘は僕より歳を取っていった。


そして30年後。

ミユキが死んだ。
既に彼女は皺だらけのおばあさんになっていた。その時の僕も、あの日とまったく変わっていなかった。

孫もまた、僕の歳を追い抜き、ひ孫が生まれた。
そしてここ10年の間、何人もの学友が死んでいった。

テレビの報道陣は歳を取らない僕に取材を申し込んだ。
信じるものもいれば、ガセネタだと疑うものもいた。

5000年の間。
大勢の恋人が入れ替わりできた。
時には男とも愛し合った。
そしてみんな、死んでいった。

気づけば一億年が経っていた。
人類は滅亡していた。

そして僕はずっと変わらない。

本当にこれが僕の望んでいたことなのだろうか。
あの時ミユキが言ったことが、今になって身に染みてきた。

枯れるほど涙を流した。

涙の水溜りに自分の顔を映す。
そこに映っていたのは、老いぼれた僕だった。
 



 
  
 


Copyright © 2006 今江美奈 / 編集: 短編