第49期 #1
「よく、そんな気持ちの悪いモノを塗れるね」
クリームを腕に擦り付けている私に、眉間に皺を寄せた彼が言った。
確かに気持ちの良いモノではないが、この炎天下、長袖パーカーを着込んでいる彼の真似をする気には、到底なれなかった。
しかし彼は、汗の一つもかいてはいない。
「……お前は、蜥蜴の親戚か何かか?」
私の記憶が正しければ、爬虫類は汗をかかなかったはずだ。
「はぁ? 突然何言ってんの?」
そう問えば、明らかに馬鹿にした表情で返された。
「馬鹿なこと言ってないで、とっととソレ塗っちゃいなよ」
馬鹿なこと。
自分の異常さを棚に上げて、文字通り涼しい表情で、彼は私を見下ろして言った。
真夏の海水浴場で、しかも天気は快晴。
燦々とならまだしも、ジリジリとまるで網の上の秋刀魚を美味しそうに照りつける火力のように輝く太陽の下で、長袖姿のくせに汗もかいていない。
何て羨ましい。
もとい、何と恨めしい。
「どうでも良いけど、何でそんな完全防御姿なの?」
お前は年頃のお嬢さんか。
恨めしげな視線を送りつつ、日焼け止めクリームを腕に塗りたくる作業を再開する。
「……別に。ただ、日焼けするのが嫌なだけ」
「じゃあ、どうして海になんて来たわけ?」
冷房の効いた部屋の中で、カブト虫の観察でもしていれば良いのに。
皮肉っぽく聞こえるように言ったが、彼はそれを綺麗に無視して、
「……って」
ボソリと、何ごとか呟いた。
「え、何? 聞こえない」
急かして言うと、彼は一瞬言い淀み、それから、
「香織が、どうしても海に行きたいって言うから……」
少し恥ずかしそうに俯き加減に、小さく呟いた。
その顔は、仄かに赤い。
「……そ、そう」
可愛らしい顔でそんなことを言われたら、何となく恥ずかしい気持ちになってしまう。
私は、その変な気持ちを紛らわすため、只管に日焼け止めを塗り続けた。
「輝一く〜ん!! 早くおいでよ〜」
砂浜から、彼を呼ぶ香織の声が聞こえる。
黄色の、フリルで飾られた水着を着た香織は、贔屓目なしにしても、最高に可愛い。
「今、行くよ!!」
白いパーカーを着込んだまま、輝一は裸足で駆けて行った。
極上の笑顔を浮かべて。
一人残された私は、香織に手を引かれ、歩いていく彼を見て思った。
「……傍目には涼しげでも、頭の中は熱つ熱つ人間だったのね」
暑いのは、きっと太陽のせいだけではない。
塗りすぎた日焼け止めで、腕は真っ白だった。