第49期 #23

メロン

 段ボール箱を抱え、男は電車を待っている。
 小雨がぱらぱらと降り続いている。
 電車を待っているのは男のほかにはいない。駅員が時折暇つぶしなのかホームへ出てホウキをばさばさと使い掃除をする。


「久しぶりだね」
 電車を乗り継ぎ、男は会いに行く。
 旧友は変わらず、男を迎えてくれた。
「見せておくれ」
 K・トモヂロウはそう言って男にその細い腕をすっと伸ばす。男は段ボールをがさごそやり出した。
「あなたは変わらないね」
 Kは言う。
「変わる気なんて無いのだろうね」
「あなたも、変わらない」
 男は段ボールから包みを取り出し、答える。
「そんなことない。僕は変わってしまったよ。みんな変わった。みんな変わっていく。君だけだね昔のままなのは。わあこれは良いね。凄く良い。こういうのはこの街では中々手に入らないんだ」
 二人は喫茶店を出る。ふらふらと街を彷徨い、ごみバケツを蹴飛ばしながら路地を抜け、二人は大きなデパートへ入る。
 エスカレータを二人並んで上っていく。
「さあ、これでどうだい」
 男は口ごもる。どう、って言われても。
「とても良いんじゃあないかと思うのだけれどね」
 書店に並んだ本の上に、男の作ったメロンが置かれている。
 Kが置いたのだ。
「悪くは無いね」
 男は辛うじてそれだけを答える。

「乾杯」
 レストランで二人は乾杯する。
「君という人間はいつまでたっても解らないね」
「何が」
「凄く、何ていうか、解らないよ」
 Kはそう言ってグラス越しに男を見つめた。
「君みたいな人が僕と付き合いを続けてくれて本当に有難く思う」
 儚げな首筋。細い手首。長い睫毛のついた瞼。それをゆっくりと動かして瞬きしながらKは男を見つめている。
「俺だって、お前が解らない。いや、解ることなんて他にもあまりない。俺はあまり頭が良くないから」
 手の触れられそうな位置にKが居た。
 触れたらどうなるのだろう。男は思う。
 きっと、壊れてしまう。太陽が砕け散るようにばらばらに、壊れてしまうんだ。男はそのように思う。
「乾杯」

 男はホームに降り立つ。帰り着いた時にはもう日が随分暮れてしまっていた。駅員に会釈をし、男は家へ帰る。
 帰ってからも僅かな光を頼りに男は畑に立った。鍬を持ち、大地へと打ち付ける。何度も何度も何度も。憎んでいるかのように男は鍬を打ち付け続ける。動けなくなるまで鍬を振るい続ける。
 そうしてそのまま、泥のような眠りの中へと男は落ちていく。



Copyright © 2006 るるるぶ☆どっぐちゃん / 編集: 短編