第49期 #22

作文貴公子

「それじゃあ次は、誰に作文を読んでもらおうかしら。」
 先生が教室内を見回す。こんなとき、普通の小学校4年生ならば、思わずうつむいたり、目をそらしたりしてしまうはず。しかしこの4年3組のみんなは、そんなことよりも、あいつの作文が、あいつの作文が聞きたくて聞きたくて優しくささやいてそしてkissして、であった。先生と、そして彼を交互にみつめる4年3組一同の表情は純粋である。
「じゃあ、次は、作文貴公子くん、読んでくれるかな。」
 今日も俺達の心の城を攻め落として。わずか2千の兵で攻め落として…。そんな目が今、作文貴公子に注がれた。作文貴公子はゆっくりと立ち上がり、静かに、教室から出ていった。これは作文貴公子が朗読をする前にフォーマルな服装に着替えるためである。その間じらされている聞き手たちの期待値、これをもしもスピードで現すとするならば、カーブを曲がりきれまい。やれるのか。読めるのか。おれたちの心揺さぶる作文、そんな作文を今日も放つことができるのか。できる。やってくれるはずだ。全身でできると語っている。ガララ… 今、戸が開き、作文貴公子が赤いシャツに黒いジャケット、そして胸元には400字詰め原稿用紙をさりげなく飾る、といったパリっ子御用達の服装で現れた。
 かさ、かささささ。 教室には、紙を広げる音しか聞こえない。そして、その中で、その中だけで、まるで広い大地にこだまする馬のいななきのように、作文貴公子の声が、TONIGHTこだました。
「『白と黒のラビリンス』4年3組 作文貴公子…。」
 斬新である。“将来の夢”という与えられたテーマが、どこか凡人には見えないスペースに収納された劇的タイトル。天才、と誰かがつぶやいた。
「僕の夢は、国宝を盗むことです。」
 しばらく、余韻だけが残された。

「大変だ! よく考えたら犯罪だ。」
「危ない、貴公子!」
 しかし、そんな心配は一切ご無用だった。このときすでに先生は耳栓をはめ、居眠りをしていたのである。もちろん、右手の親指はしっかりと垂直に立てられている。
「夢、つかみなさい。犯罪だけど。」
 泣いた。寝言に泣いた。
「今よ! 作文貴公子!」
「このぼくの国宝級の夢がもしも叶わなかったとしたら、それもまた国宝を盗むことになってしまう。そんな迷宮美術館に迷いこんでしまったよ。エンジェル。」
 涙を隠しながら、エンジェル関係ないけどな、と強がってみせた。



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