第49期 #20
仕事から帰ると身に覚えのない西瓜がいた。
梅雨明けの蒸し暑い部屋に耐えられず窓を開けて扇風機をつける。学生時代から住んでいる部屋は今時風呂共同の六畳一間でクーラーも入れていない。当時から付き合っている彼女にそろそろ引っ越そうよと言われているが、さほど不便を感じないのでなかなか思い切れなかった。
西瓜を前に胡坐してじっと眺めていると、濃緑ストライプの果実が二つに割れて、妙な生き物が現れた。白っぽいがま蛙に子どもの手足をつけたようなそいつは不吉そうな藪睨みで僕を見上げた。僕は西瓜をぽたんと閉じた。中で暴れる気配がするが僕は力を緩めず、頼むから消えてくれと祈り続ける。あなたってどうにもならなくなってもまだ誤魔化そうとするのよね、という最後の夜の彼女の言葉が耳の奥をこつんと叩いた。やがて動かなくなったので恐る恐る開けてみると、白いがま蛙は赤い果肉と黒い種にまみれてぐにゃりとしていた。さすがに気が咎め、抱き起こして身体を拭いてやるうちにそいつは息を吹き返し、青黒い顔色で僕を睨んだ。大した悪さのできそうにない風体に少し安心した僕は、背中をさすってやりながらごめんごめんと謝った。
そいつも西瓜も気になったけれど、腹が空いていたのでコンビニのハンバーグ弁当を開けることにした。もそもそ食っているとそいつが口元の箸をじっと見るので、僕は弁当のふたに少し取り分けて押しやった。そいつは黙々と食べ始めた。あまりうまくはないけど我慢してやるかという表情だった。僕はビールを喉に流し込んだ。するとまた僕の口元を見るのでおちょこを出してビールを注いでやると、両手でくいっと開けて、甘い西瓜の匂いの大きなげっぷをした。テレビをつけると野球中継をしていた。僕はいつもどおり特に見るでもなく流したままビールを飲み、時々おちょこにも注ぐ。そいつはやはり大してうまくもなさそうにビールを空け、何度も甘いげっぷをした。青黒かった顔は赤紫色になっていた。
トイレに立った隙に、そいつは部屋からいなくなった。割れたままの巨大な果実からうっすらとビールの匂いがする。野球中継はとうに終わって、扇風機の音がやけに響いていた。僕は急に彼女の手料理が食べたくなって携帯を取り出し、着信履歴の上の方に残っていた彼女の番号を押す。きっかり五コールで、二週間ぶりの不機嫌そうな彼女の声が、どう切り出そうか迷ったままの僕の耳をちくりと噛んだ。