第49期 #19
神が『約束の場所』を空にこしらえてからもう三百年になる。
その間に人類は背中に括り付ける小型ロケットを発明し、皆して空へと舞い上がった。ロケットが普及した頃といったらそれはひどい有り様で、昼夜を問わず人の迷惑かえりみず誰もが『約束の場所』を探して飛び回っていたという。当然のように事故や諍いが多発した。それを憂えた政府はロケットの使用時間を夜の九時から十一時までに制限する法律を施行した。すると、事故の数は減ったものの人々は指定された二時間を使い切らねばとやっきになった。
僕達は町を見下ろす丘の中腹に寝転んで、ロケットがひっきりなしに飛び交う夜空を見上げている。今日も昼から雲一つない晴天で、群青色のスクリーンは無数の星に彩られてとても綺麗だ。
「ねえ、睦月」如月が言う。
「うん?」
「あそこの明るい星、見える?」如月は夜空の真ん中辺りを指差した。
「うん」
「あれとその真下と隣の二つを合わせると横向きの台形ができるでしょ」
「出来るね」
「それでね、反対側の二つも合わせると台形が頭くっつけたような形になるの。『青い蝶』っていう星座よ」
「それ、誰が考えたの」
「私」如月は得意げに微笑んだ。
「よくやるよ。大体青って」
「あの形を見つけた時ね、まだ日が暮れたくらいの時間で、空が暗くなりきってなかった。それで青く見えたから『青い蝶』って名付けたのよ」
「そっか」少し感心した。「如月はちょっとすごいね」
「ありがとう。まだ休んで行く?」
「うん、十一時まで寝てから飛ぶ」
しばしの沈黙。世界はエンジン音で騒々しいけど、ここだけは静謐な空気になる。
星の煌めきをバックにロケット同士がかち合っている。心底馬鹿らしく思った。今や空は空よりも人の占める割合の方が大きいくらいだ。『約束の場所』を探して燃料と時間の無駄遣いを繰り返す。そんな生き方って楽しいんだろうか。少なくとも僕の頭では理解できない。
「如月」
「はい」如月は丁寧に僕の目を見つめ返してくる。
「僕はさ、神とか約束の場所とか、そういうのってどうでもいいんだ」
ただ好きなように空を飛びたいだけ。最後の部分は口に出さないでおいた。
「分かってる。ほら、もう寝ていいよ。みんながいなくなったら起こしてあげる」
「うん」
頷いて目を閉じると、如月はいつものように口笛を吹き始める。口笛のメロディは心地良いうねりとなって僕を包み、ロケットの喧騒を別世界へと追いやってゆく。