第49期 #18

奇矯

 家に帰ったら空き巣さんがいた。
「誰ですか、あなた」
「見ての通り空き巣です」
 唐草模様のほっかむりに濃い髭。背負っている大きな風呂敷は、私の家から持ち出そうとしている荷物でぱんぱんだ。空き巣さんの表情は平静で、随分慣れているようだった。私はお茶を用意しようと台所へ向った。
「奥さん、お構いなく」
「いえいえ、折角来ていただいたわけですし」
「そうですか」
 空き巣さんは慎み深い。そういえば部屋を見渡してみても、物色された感があまりないように思える。プロってことかしら。が、私は奥さんではないのだ。
「奥さん、ねぇ奥さん」
「はい?」
「お茶いただいたらですね、私逃げようと思うんです」
「はぁ、そうですか」
 空き巣さんはなぜか服を脱ぎはじめた。荷物をよっこらせっと重たげに脇に置いて、首をこきこきと鳴らしている。
「逃げようと思うんですが、その前に奥さんの処女をいただきます」
 奥さんって言ってるくせに。
「確かに私は処女ですけど、そんなもの持ち帰れませんよ」
「まぁそうなんですがね、一応奪うって言うでしょう」
「でもそれなら私まで空き巣さんになっちゃいますよ」
「え?」
「私も空き巣さんの童貞を奪うことになるじゃないですか」
「いや、私は童貞じゃないのでその心配は無用です」
「あら、そうですか」
 食器棚の奥に煎餅を隠していたことを思い出した。以前、懇意にしている花屋さんからいただいた南部煎餅だ。ちょっと待っててくださいねと空き巣さんに言って、私はぱたぱたと煎餅を取りに行ったが、恥ずかしながら足がもつれて転んでしまった。その私の後ろに空き巣さんが迫ってくる。ああ、もうちょっと待ってほしいんですが。
「どこですか、私煎餅に目が無いもので」
「えっと、そこの食器棚の奥ですね」
「ああ、ありました。これですね」
 空き巣さんは嬉しそうに煎餅を取り出した。それを見た私も煎餅が食べたくなってきて、嬉しくなった。
「これね、ゴマがまたいいんですよ」
「空き巣さんなのに詳しそうですね」
「空き巣だからって煎餅に明るくないなんて、そりゃおかしいですよ」
「でも、空き巣さんだからって煎餅に詳しいなんて思いませんもの」
「そうですね」
「そうですよ」
「奥さん」
「はい」
「煎餅美味しいですね」
「ええ、本当に」
「湿気てなくてよかった」
「あ、ちょっとそれ私も心配だったんですよ」
 ゴマをたっぷり含んだ南部煎餅のぱりっと乾いた音が、静かな部屋によく響いた。



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