第49期 #17

深海魚

 驚くほど透明感がある。差し込む光は、海底まで一直線に届いている。クレパスを放り投げたような、色とりどりの魚たちは、自由に、それでも何かの法則にあやつられるように、列をなしてゆっくりと泳いでいく。物音ひとつしない世界。
 ここは、間違いなく『海』の中だ。神秘以外の言葉がみつからない。それでも僕は呼吸をしている。
 昔、大昔、人間は魚だったときいたことがある。だとすれば僕は、時空を超えて急速に退化したのだろうか? 呼吸はとまることはなく、どこまでも、どこまでも深いところまでいける。
 そうだ、マーメイドがいるはずだ。
 僕は岩影や、海藻のまわりをまわって、マーメイドを探しはじめた。黄色と黒のまだらな魚たちの群れが過ぎ去ると、目の前には、美しすぎるマーメイドの姿があらわれた。
 僕はマーメイドに手招きされるがまま、あとをついていく。もうどれくらい、深いところまできたのだろう。海底まで届いていた光の直線は、放つ光が弱くなってきている。けれどもおかまいなしに深く、さらに深くマーメイドはもぐっていく。
ついに真っ暗になるところまできてしまった。もうマーメイドの姿は見えない。声をだそうとしても海の中では意味がない。
あてもなく真っ暗なところを、マーメイドを探しながら泳いだ。かなり深くまでいったとき、ビー玉くらいの大きさでキラキラ光るものを見つけた。
 なんだろう? 僕は、ドキドキしながら光に近づく。光は大きさを増し、やがてトンネルくらいの大きさにまでなった。
 僕はトンネルに入り込みさらに奥へと進む。距離にして、結構な長さのトンネルを抜けたとき、急に呼吸ができなくなり、あともどりしようとしたが、振り返るとトンネルはもう消えている。後戻りできないのだ。僕は、苦しくてもがき続けたが、どうやら限界に達したようだ。
 そこからの記憶はない。できることならば、もう少し魚でいたかった。
 できることなら……。


Copyright © 2006 心水 遼 / 編集: 短編