第49期 #14

擬装☆少女 千字一時物語4

「俺、もう女装はやめるから」
 お喋りの合間、笑いながら奴は突然に宣言した。当然、俺は驚いた。

 あの日、俺たちは彼女がほしいなとか言いながら街をぶらついていた。可愛いと思える女がなかなか見つけられなくて、俺たちの周りにはこの程度の女しかいないのかと毒づいたりしていた。
「お前が女装したほうが、よっぽど可愛いんじゃないのか?」
 この一言から、奴の女装計画が始まった。
 服を買って、靴を買って、障害者用の広いトイレを借りて奴は着替えた。
「うわ、結構イケてるじゃん」
「まだまだ、これじゃダメだな」
 奴の感想は俺のはるか上を行っていた。
 それから奴の女装計画は進化していった。冗談で言っただけであった俺は、たちまち置いていかれた。
 髪形を変えて、化粧をして、奴は何度も俺の前にその姿を現した。もはや、結構イケてると言って済まされる程度のものではない。こんな女がいたら良いなと、俺は奴と周りを見比べるようになっていた。否、それも今となっては正しくない。俺は周りよりも奴にばかり目がいってしまっている。
 奴が突然の宣言をしたのは、そんなときだった。

「そんなに驚くほどのことか?」
 奴は俺の顔を覗きこんだ。お前、今日も可愛いよ。
「おい、何か言えよ」
 両手を俺の肩にかけて、奴が俺を揺さぶる。実際は揺さぶっていなかったのかもしれない。しかし確かに、俺の心は揺さぶられていた。メリハリのある化粧、綺麗だよ。
「ここが限界だって思ったから、やめるんだ」
 俺から手を放して半歩間を取って、笑顔も収めて奴は言った。きょとんとした俺に奴は、理由、と付け加えた。誘いに乗って初めて女装をしたときの自分の姿が思いのほか良く思えて、どこまでやれるか挑戦したくなった。それで女装を繰り返していろいろと試していたが、いよいよ努力では超えられないところまで来たと感じたからここで打ち切りとすると言うのである。
「それだけ可愛ければ、良いだろう」
 つい、俺は未練がましいことを言ってしまった。
「おいおい。まさか俺に夢中になっちまったんじゃないだろうな。俺だって男だぜ。付き合うなら女にしたいな」
 怒るのではなく、笑顔を戻して奴は答えた。それは明るくて魅力的な、他人を惹きつける笑顔なのであった。その笑顔を前にして、俺の醜い妄想など、言えるはずもなかった。

 それ以来、俺は可愛いと思える女を見つけられていない。
 これは失恋と言っても良いのだろうか。


Copyright © 2006 黒田皐月 / 編集: 短編