第49期 #13

スプーン曲げ

 グルグルと鳴る腹を抱えてそこいら中をグルグルとうろつき回り、何とか見つけ出したのが、グルグルめまいがするくらい不味い洋食屋だったりなんかしたときには必ず思う。
 スプーン曲げが、できたら。
 他の華々しい超能力なんかひとつも要らない。念動力も、テレパシーも、千里眼も、予知能力も。ただ、スプーンを曲げることさえできたなら。そうすれば僕は、目の前にあるこのステンレスのスプーンやフォークをひとつ残らずくねくねに曲げてやれるのに。
 僕はステンレスのスプーンやフォークをひとつ残らずくねくねに曲げて、満足する。しなびたいいかげんなサラダや伸びきった臭いパスタや沼から汲んできた泥水みたいなコーヒーを無理やり胃袋に押し込めなければならなかった、その果てしない苦痛のうさを、ものの見事に晴らすことができる。
 そうしてもし、僕がくねくねに曲げたステンレスのスプーンやフォークを店員が見つけて、ぼくがステンレスのスプーンやフォークをくねくねに曲げてしまったことをくどくどと咎めるなら、僕はそのくねくねに曲がったステンレスのスプーンやフォークを哀しげに見やって、やれやれ、僕が少し目をつぶっている間に、世界中のあらゆる所で、あらゆる良い物やあらゆる正しい事が、このステンレスのスプーンやフォークのようにくねくねに曲がっていってしまうんだ。僕はそういう事を非常に遺憾に思うけれど、残念なことに僕個人としては、物事がこのステンレスのスプーンやフォークのようにくねくねに曲がっていってしまうことに対して、何ひとつ手の打ちようもない。何せこの世界自身が、このステンレスのスプーンやフォークのようにくねくねに曲がっていくことを望んでいるんだから。僕はただ黙って、このステンレスのスプーンやフォークや、この店のパスタやコーヒー(ここで店員をさり気なくちらとにらみ付けるのも良いかもしれない)のようにくねくねに曲がってしまった現実を、痛みと哀しみの内に受け入れることしかできはしないんだ。何もかもが、このステンレスのスプーンやフォークのようにくねくねに曲がっていってしまった。これからも全てが、僕の愛した世界のあらゆるものが、このステンレスのスプーンやフォークのようにくねくねに曲がっていってしまうのだろう。
 というような事をつぶやいて、寂しそうに、肩を落とした風なんかして、キイと鳴る扉を開けて、吹きすさぶ寒風の中に立ち去るんだ。


Copyright © 2006 藤田揺転 / 編集: 短編