第49期 #11

全力疾走

来る日も来る日も同じような毎日。同じ靴を履き同じスーツを身にまとい同じ瓶牛乳と同じあんぱんを食べながら同じ電車を待つ日々。飽きただとかそんな殊勲な感情すら浮かばない社会人6年目の夏。6年前と同じように俺は町中の薄着ブタ女たちの無駄に柔らかい肌をみて自分の無駄な時間を使うのだろう。ブタ女に感謝。ブタ女たちには感謝だ。俺に柔らかい胸の谷間や太ももを見せてくれるのだからな。

俺のように毎年同じことを繰り返すオタクたちが東京に集うお盆まで、残り一週間あまりの朝、薄着ブタ女たちとハゲ眼鏡スーツたちがごった返す電車内で気になる女性を見つけた。彼女は40度に迫ろうかとする猛暑の中一人長袖のブラウスを着ていた。体臭に対して愚鈍な男と性に対して未熟な女がひしめき合う中、彼女は涼しい顔で座っていた。白髪の彼女はコクトーの詩集を読みながら同じ電車内なのに違う場所にいた。目が奪われた。彼女は末広町駅で下車した。僕は次の神田駅で降りなきゃいけないのに、直感で一緒に降りてしまった。明日からお盆休みだ。もしかしたら最初で最後の出会いになる気がした。

彼女は詩集を鞄にしまい、とことこと秋葉原の街を突き進む。暑さに負けず、爽やかな風を受け彼女は前に進む。10分ほど歩くと彼女は一軒のお店に入っていった。黄色く描かれた店舗名が記載されている大きな看板に目をやると、そこには「牛丼専門店 サンボ」と書かれていた。

魔法が解けた僕は携帯電話をみる。「08:18」ここから会社までは全力で12分。遅刻しないように
初めての全力疾走をした。


Copyright © 2006 水島陸 / 編集: 短編