第48期 #7
どす黒い感情が目の前で飛び交う。行き場のないあたしの心は、黒く、冷たく、沈んでゆく。
部屋に帰っても、逃げ場はない。過熱する怒号と、溢れる溜息に追いやられて、オーディオに救いを求める。
心を空っぽにして、イカレタみたいな音楽を注ぎ込んで、何も考えない。目を閉じて、何も見ない。息を吐いて、何も言わない。耳を開いて、でも、何も聴かない。まるで、死んでるみたいに。
死体には、葬式を。葬式には、葬送曲を。こんなチープなのはイヤ。もっと、夜の闇みたいに黒くて、鮮やかな死装束みたいに白くて、噴出す鮮血みたいに赤くて、死人そのものみたいに青くて、華やかに脳漿を咲かせてくれるようなやつが、良い。
CDを替えようとして、レンタルショップで借りたソレの返却日が今日までな事に気がついた。丁度良い。
凍たい心臓の言うとおりに、触った事も無いような、火花の様に過激で、どろりと陰鬱で、剥き出しの内蔵みたいに触感的で、ベットリ血糊のついたような、暴力の匂いのするジャケットのCDを一枚、手にとって、店を出た。
白い、白い太陽。青い空。白い雲。遠い青に浮かぶ、純白。
あったかい。ぬくもり。
ああ、あたしが逃げたかったのは、ここじゃない? 白い太陽、あなたはじっと、何を見ていたの?
あったかくて、やさしくて、おおきい。泣いちゃいたくなるような、大きいお布団みたいな、そんな陽光が胸に染みて、心の奥で凍っていた後悔と、少し、さびしさを、融かしだした。あたしは踵を返して店内に戻ろうとする。途端、鼻を突く、ヤニ色のにおい。出入り口の脇でタバコをふかす人。
最近嫌煙が流行り、だけど、あたしはこのにおい、キライじゃない。遠い記憶の中で抱きついた、父親の胸のにおい。懐かしいにおい。帰りたい家の、におい。彼はタバコを止めたけど、今あの家で、あたしの心は、昔の様に安らかには、眠れないの。
ああ、白い太陽。あたしを許して。
白い太陽。あたしはダメなの。
太陽、白い太陽。あたしには、逃げる所なんかないの。
白い太陽、白い太陽。だって風が、こんなに冷たいんだもの。
太陽、あなたは直ぐに沈んでしまうじゃない。
ねえ、あたしの夜には、一体誰が暖めてくれるの?
おねがい。焼いて。あたしを、この心を、さらけ出させるなら、いっそ全部灰にして。真っ白な灰に。
白い雲、あたしを閉ざすなら、おねがい、やさしくして。葬送曲は、準備したから。