第48期 #24
河童の話を思い出そう。となるとそこにはまず祖母がいる。
いまだにそうかもしれないが、あの頃僕にとって祖母は随分異質な人物だった。いやむしろ、人というよりも春休みに見た映画に出てきた宇宙人と同じように感じていた気がする。
今思うとそれは単に老人の肉体の異質さからだったと思う。
汗だくになって外から帰ってきた僕と弟を祖母はいつも実家の薄暗闇の中に座ってむかえた。何もかもが白く見えるような外とのコントラストの極端さが、その暗闇に特別な意味を与えている気がした。
祖母は陰の中で眠っているかそうでなければ、眼鏡をかけて新聞を読んでいるのだった。
河童の話をしたのは祖母だ。
一体僕らを怖がらせたかったのか、いやたぶん何かで読んだ話を聞かせただけだったのだろう。しかし小学生の自由な想像力はたいしてディティールのないその話を膨らませ、十二分に僕を怖がらせた。
いつも僕らが遊んでいた川の淵にすむ、河の底と同じ暗い緑色をした河童。その顔は自然とどこか皺くちゃな祖母の顔に似ていた。
同じ夏、それから僕はその川で溺れた。
魚に夢中になってつい深追いしてしまったのか。突然流れが速くなり足を取られたと思うともう足がつかなかった。
自分を褒めていいだろうが、私は精一杯冷静だった。水をのんではいなかったし、それ程幅の広い川ではなかったから、普通に泳げばすぐに助かるはずだととっさに考えた。
だが同時に自分の想像を思い出した僕は心の底から小さく震えてもいたのだ。
そのとき、まるで恐怖の波に応えるようなタイミングで水の底から手が現われ、僕の小さな足を引いた。
僕は水で息を呑み、その足を蹴って蹴って、パニックに陥り、さらに蹴り、溺れながらまた蹴り、手から放れた事に狂喜し、水を飲んで気を失った…
何時助けられたのか分らない。気付くと僕は川の土手の上に座り込み、必死で水にむせ続けていた。
息をやっと整え、調度顔を上げたとき、何か不思議なタイミングでそこに母親の顔が在って、そして僕にこう叫んだ。
「ヨウジはっ、ヨウジは一緒じゃないの?」
弟は死体になって、翌日その川の下流で発見された。
僕の弟を河の底に引きずりこんだ河童。深緑色をしたそいつは、もう祖母の顔をしてはいなかった。幼い僕は彼の顔を記憶から消し去った。
弟と、弟と過ごした日々も一緒に。
今、僕が涙を流したいと思うのは、弟を好きだったことまでも忘れてしまった幼い自分のためだ。
そして弟のために。