第48期 #23

道理が一つ。無理が二つ。

イノウエが目を覚ますとそこは森の中だった。
ついさっきまで、大学の談話室でお昼を食べていたはずなのに。なぜ自分はこんなところで寝ているのだろう。第一ここはどこだ。どうみても大学の敷地ではない。かといってどこというアテもないが、およそ記憶にはない場所だ。
「少し、歩いてみよう」
考えて駄目なときはまず情報の収集だ。行動を起こさなければ何も始まらない。
すると一分も歩かないうちに人と出会った。
「あの、すみません」
「はい?」
「僕、あの、ここに来た記憶が無くて、それでどこなんでしょうか?ここは」
妙に小さな人だと思った。今の言葉で通じたのだろうか。
相手はしばらくイノウエの言葉を吟味するように沈黙し、そして応えた。
「あぁ、ここはププッカ王国のお城の庭さー」
イノウエはそこで初めて、話しかけた相手が巨大な卵の形をしていることに気づいた。

マリイはお城のテラスでお茶を飲んでいた。
「何か飲みまふ?」と聞かれたので「では紅茶を」と言ったら「コーチャーでひ」と出されたのが今飲んでいる、この水銀じみた妙な液体だった。
「味は、紅茶なんですけどねぇ……」
そんな感想を呟いていると。
「せんせ〜〜」
遠くの方から馴染みの声が聴こえてきた。無論、この異世界に来る前の馴染みである。
「マリイ先生!」
先生と呼ばれた女性は立ち上がってその客人を迎え入れた。といっても歓迎した者もまたここでは客人である。
「やあ、奇遇だねイノウエ君」
「数奇にも程がありますよ!どこなんですかここ」
「さあ、私にもさっぱり、ああでも多分」
マリイは振り返り、テラスから望む景色を眺めた。それはあらゆるものが黒い線で縁取られた、落書きのような世界だ。
「『こういう』世界なのでしょう」
イノウエが不満げな顔をしたが、マリイにもこれ以上のことは分からなかった。
手を叩けば山が震えるし、空を探れば雲が手に絡む。むしろ理解など必要が無い。
「あの〜、これからどうすれば?」
「どうって、帰るに決まっているでしょう。私の記憶では君のレポートだけまだ」
「帰れるんですか?」
「うん」
マリイはポケットから杖を取り出すとすぐに呪文を唱えた。

イノウエが目を覚ますとそこは森、ではなく見慣れた大学の談話室だった。
「そうか魔法で帰れたんだ!」
「ええ、『帰還呪文』今回のレポートのテーマです。幸運だね、君はこれで実体験を元にした考察が書ける」
「ええ〜」
「がんばりなさい、魔法大学は甘くないのですから」



Copyright © 2006 振子時計 / 編集: 短編