第48期 #21
僕はある日、庭の隅の方に手が生えているのを見つけた。
夏休みに入ってまだ間もない日の朝だった。それは赤ちゃんの手くらいの大きさで、草木の陰に隠れてひっそりと佇んでいた。まるで生まれたばかりのように瑞々しかった。お母さんに知らせるかどうか迷ったけど、結局言わなかった。僕だけの秘密だったんだ。
次の日から僕は観察日記をつけることにした。夏休みの課題として提出しようという思いもあったけれど、ただ純粋に興味が湧いていた。今までにこんな植物を見たことはなかった。これが本当に植物かどうかは怪しかったけれど。
よく見てみると手の表面に産毛のようなものが生えていた。本当に人の手みたい。天候によっても様子が変わって、晴れの日が続くと赤く日焼けしたようになった。いっぱい雨が降った後なんかはすっかりふやけてシワシワになってしまっていた。
その手は次第に大きくなり、一週間後には僕の手と同じくらいにまで成長した。僕は友達ができたような気がして嬉しくなった。僕は引っ越してきたばかりで、当然友達はいなかった。だからこんな長い夏休みの間でも遊ぶ予定はなかったんだ。
僕らは毎日一緒に遊んだ。
「じゃーんけーん、ぽんっ!」
遊ぶのは大体がじゃんけんだった。もちろんいつも僕が勝ってたけどね。
別の日には、近くに生えていた草で指輪を作った。それを指にはめてやると、なんとなく嬉しそうにしているように見えた。それは僕の気のせいだったのかも知れないけど。でも地味なあいつには、その指に飾られた花がとても似合っていて綺麗だった。
しかし、夏休みの終わりが後一週間ほどとなったある日、異変は起こった。手が目に見えて衰えてきたんだ。
刻まれる皺は増え続け、指も細くなっていった。僕はなんとかしようと思って、水も肥料もいっぱいやった。でも何の効果もなかった。その後も痩せ続け、僕はそれを見ていることしかできなかった。そんなあいつを見ているのは本当に辛かった。
そして、夏休み最後の日。
ついに手は枯れ果ててしまった。触れるとぼろぼろと崩れ始め、後には元「手」であったものだけが残った。それはまるで枯れ葉の屑のようだった。その日、僕は夜遅くまでひっそりと声を殺して泣き続けた。
それから毎年、夏休みになると僕は手を探し続けた。でも決して見つかることは無かった。
あれから十数年――今、僕の机の上には「手」の生えた鉢植えが置かれている。