第48期 #20

クロメル・アルメル

 昔好きだったこともある畑から電話があって、久しぶりに会おうと誘われた。友人の森も来るらしい。よく目的がわからなかったが私は男達と会うことにした。でもまさか、フリルだらけの服を着た店員がいるカフェに連れて行かれるとは思いもしなかった。


 周りの様子を窺いながら注文を済ませた。
「ねえ、本当にここに来るのが目的だったの?」
 店員が去った後、私はテーブルの向こうに座る二人に尋ねた。畑は煙草を弄びつつ、
「実は森と組んでお笑いを始めたんだ」
 と答えた。
「は?」
「後で俺の部屋かどこかでネタを見てもらおうと」
「じゃ、この店に来たのは?」
「これもネタになるかなって」
 森が言う。
 私は無性に腹が立ってきた。
「何それ。お笑いってもっと厳しいと思う」
 実際のところは知らないが私は断言した。
「後でって何? 今できないわけ? 見なよ、店員だって一生懸命演技してるじゃん。本気ならここでやりなよ。芸人になるんでしょ」
 遠くから眼鏡の男が私を睨んでいる。店員のことを演技と評したのはやばかったか。構わず続ける。


「名前は何? ユニットの。決めてないの?」
 畑が答える。
「『サーモカップル』」
「何それ。まあ……はい! 次は『サーモカップル』です!」
 私がそう促すと森は覚悟を決めたようで、立ち上がり、
「森クロメルです」
 と言った。今のお笑いって名乗るんだったか?
「畑アルメルです」
「クロメル、アルメル、クロメル、アルメル……」
 二人は唱和している。そして、
「サーモカップル!」
 と叫ぶと、畑は手を上に伸ばし体をくの字に曲げた。森は反対向きのくの字。上部で二人の手が、下部で足がそれぞれ接した。
 こんなことになるとは……私は悔いた。他人と目を合わせたくなく、やるせなく二人を見ていた。


 やがてフリルの店員が注文を持って来た。男達は大人しく座る。
 紅茶を並べる最中、突然彼女は、
「『サーモカップル』は熱電対のことでしたでしょうか?」
 と言い出した。でも二人は無言で頷くだけ。もうだめだ。
「やっぱり色んな客が来るんですか?」
 仕方なく私は聞いた。ねつでんつい、なんて知らないから答えられないし。
「ええ、いらっしゃいます。でも……」
 フリルは言葉を切り、顔を上げて真直ぐこちらを見る。
「トリオで漫才された方は初めてですわ」
 そして微笑んだのだ。
 いや、三人でやるんだったら、もう一人はあんただよ。
 もはや私はそう思わざるを得なかった。



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