第48期 #14

なるさわみなみというヒト

 成澤南は恋をしているらしい。恋にも色々な形があって、僕は否定も肯定もする気はない。
 彼女は金曜の夜になると僕に電話をしてくる。
「あっ、アジロ! 今夜暇?」
「暇だけど・・・アジロって呼ぶのやめろって」
「いいじゃん! 大学時代からのニックネームなんだから」
「だってうちらもう35だぜー」
「ばっかだねー相変わらず。あだ名に年は関係ないっつーの」
 網代晋平は親をうらむ。
「でさ、どこいきゃいいの?」
「いつもの店で待っててよ。たぶんあたしの方が遅くなるから」
「じゃー1階の奥にいるよ」
 電話は一方的に切られた。
 南の恋人には奥さんがいるらしいが、彼女はそんなことは気にしない。まぁもともと本人が奥さんだったことがあるのだから大人の情事を心得ているのだろう。つまり僕は彼女が暇になったときのスペアーということになる。
 彼女にたった一度だけそんな恋はやめたほうがいいと、本気で怒ったことがあったが、彼女には犬の遠吠えくらいにしか聞こえなかったのだろう。
「なぁ、そんな奴を愛するのはやめたら」
「そうだよねー、うんうんわかるわかる、アジロが言ってることは」
「だったら・・・」
「まあまあ。アジロは人を本気で愛したことある?」
「・・・本気って?」
「本気は本気よ。他にいいようがないわ。ん〜つまりひたすら愛するマリア様ってとこかな」
「マリア様?」
「そっ、マリア様。何も求めず、何もひがまず、ただ与えるだけの愛。見返りなんかは気にしないの。愛している人を見るだけですべてが満たされるの」
「そんなのは一方的な愛っていうんじゃないの?」
「考え方次第よ。確かに一方的かもしれない。でもそのうちね、人を本気で愛するってこういうことかって気付く瞬間があるわ。そこまで行くにはかなりの信念と我慢や、相手への迷惑もあることはわかってる。でもね、相手のはにかんだ子供のような笑顔をみたときにすべてを許してしまう、許せてしまうんだな・・・まっ、アジロにはまだまだ先のことか」
 それから僕は彼女の恋を否定することをやめた。確かに淋しそうな顔もよく見るが、うれしそうな顔をしているときはすべてが満たされている瞬間なのだろう。僕も本気で人を愛してみたいと思ったのは、南の話を聞いてからだった。

「へい! らっしゃ〜い」
 南だ。今夜はうれしそうな顔をしている。何かいいことでもあったのだろう。
「まずは生ねー!」
 彼女の横顔がマリア様に見えた瞬間だった。



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